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写真ワークショップ第一部の生徒たち
マークのついた生徒の顔写真をクリックすると作品を見ることができます。
生徒たちのワークショップ感想文はこちら。

ユオン(15)
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ヴァン(15)
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ダット(15)
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トー・ハー(14)
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ロック(12)
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ロン(14)
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トゥオン(12)
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ハン(16)
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クック(16)
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タン(15)
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フイ(18)
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ヴゥ(17)
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フック(14)
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ホン・ヴゥ(16)
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リー(16)
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ヴィ(14)
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ハー(16)
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トゥ(17)
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ヴィ(12)
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チャン(17)
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チャウ(17)
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ミン(13)
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タオ(14)
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マン(14)
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写真ワークショップ第一部 生徒共通質問
・年齢、学年
・好きな色は何ですか? その理由は?
・将来の夢
・大切にしていること
・拒否すること、嫌いなこと
●発端
ベトナム・ワークショップ2007の企画立案者は橋口秀実くんです。彼の存在なしには今回のワークショップは成立しえませんでした。彼は学生時代、インド・ワークショップ2002にもスタッフとして参加しています。秀実くんは2005年7月より2007年7月まで、青年海外協力隊員としてベトナムに赴任していました。その赴任地を2006年秋に橋口が訪れた時、「べトナムでもワークショップができたらいいね」という話になり、それから赴任先での仕事のかたわら、長い長い準備が始まったのです。いろいろ紆余曲折がありました。途中で計画自体が頓挫しかけたこともありました。が最終的に、青年海外協力隊員としてフーイエン省トゥイホア市で美術を教えている塚田尚三さんとワークショップを、ホーチミン市の貿易大学で日本語を教えている臼杵由香合さんとスチルムービーを、協力して行うことができることになりました。二人とも通常の授業や業務のかたわら、日本語でも説明することが難しいワークショップやスチルムービーの内容をベトナムや日本の関係者に説明し、慣れない手続きを踏むのはさぞ大変だっただろうと思います。困難は多々ありましたが、ひとりひとりのベトナムの生徒たちに対する思いで実現に至ることができました。
●スタッフの紹介
APOCC側からはおなじみ橋口、星野、企画立案者である橋口秀実くん、そしてベルリンで橋口と知り合ったアーティスト、松尾美穂さんが参加。APOCC事務局の浜野充代さん、伊藤綾子さんには東京でのバックアップをお願いしました。通訳のヤンさんは、橋口秀実くんの個人的知り合いで、普段は日本メディアの通訳やコーディネーターをなさっていますが、芸術にも造詣が深く、ベトナムのアーティストたちと個人的交流の多い方です。今回ヤンさんのアドバイスや指摘にどれだけ助けられたかわかりません。TBSテレビクルーの福田功さんは、橋口と20年来の付き合いです。1987~88年にTBS「プライムタイム」で放送された「17歳」シリーズでカメラを担当して下さってからの関係です。1996~1997年に「筑紫哲也ニュース23」で放送された「日本人のいる場所」シリーズでは、インドネシア、韓国、台湾、ミクロネシアを一緒に取材して回りました。音声の瀧澤祐輔さんは、福田さん付きの音声として2年間、唐招提寺の取材に同行しました。
●謝辞
上記した助成、後援、協力各社、各団体のほか、日本航空株式会社には国際線搭乗時の重量に関してご協力いただきました。また今回のワークショップには、APOCC会員の皆さんからの会費を一部使わせていただきました。社会全体を見ても、文化活動への予算が切りつめられている昨今、ワークショップ費用の捻出も容易ではありません。今回のワークショップは、皆さんの会費の存在なくしては成立しえませんでした。この場をお借りしてお礼申し上げます。(ワークショップの収支報告は、あらためてさせて頂きます。)
<記者会見 @コンチネンタル・ホテル(ホーチミン市) 2007年8月11日> 9/30UP
●ベトナムでの記者会見について 橋口譲二
2004年インド・ワークショップの際、初めてヴァラナシの街で記者会見を行いましたが、そのおかげで様々なメディアにワークショップの模様が掲載(または放送)され、メディアの影響力というものを再認識しました。いくら良いワークショップを開いても、自分たちの力だけで社会に活動をアピールするには限界があります。今回もワークショップに入る前にホーチミン市で記者会見を行うことにしました。
記者会見を開くまでは、一体どれだけの人が集まってくれるのか不安もありましたが、ふたを開けてみたら11名の記者が来場し、活発な質疑応答が飛びかいました。
記者会見はまず「ワークショップ」という言葉を説明するところから始まりました。通訳のヤンさんによれば、この言葉はベトナムではまだ流通していないそうで、ベトナム語のプレスリリースやリーフレットの中では「hoi thao(セミナー、講義)」という言葉が使用されていましたが、それでは少しイメージが硬すぎるとのこと。こちらから一方的に何かを教える教室ではなく、体験を通して感情をやりとりする、双方向の授業だということを強調しました。
記者からはこんな質問が出ました。
・ 個人個人の違いを認める、ということが、写真を撮ること、そしてワークショップの目標でしょうか?
ふだん私たちは自分と他人が似ている部分に興味を持つものですが、
なぜあなたは違うことに注目するのでしょうか?
・ いままでワークショップを通して、どんな喜びがありましたか?
・ なぜベトナムの、特にフーイエン省を選んだのでしょうか?
・ 「スチルムービー」というのはドキュメンタリーですか?
・ 具体的にワークショップのやり方を詳しく教えてください。
これまでいろんな国でワークショップを行っていますが、どんな才能や個性が発見できましたか?
ベトナムでもいろいろな発見があると思いますが、
子供たちに今後その発見を勧めることも考えられるでしょうか?
・ ひとつひとつの答えがとても面白く、ありがとうございます。
フーイエンには少数民族がいますが、ぜひ彼らの暮らす地域でもワークショップをしてほしいと思います。
2時間近くに及ぶ記者会見が終わったあと、興奮して握手を求めてくる記者もいました。何を基準にして記者会見の成功、不成功というのはわかりませんが、これだけ多くのメディアが取り上げてくれたということは、こちらの意図が伝わったということだと思います。これから生徒たちがどんな世界を見せてくれるのか、いよいよ楽しみです。
1) 写真ワークショップ @チルドレンズ・パレス(トゥイホア市)
第一部:8月13日~8月16日
●チルドレンズ・パレスについて
今回ワークショップを行った「チルドレンズ・パレス」は、子供のための情操教育施設です。現在、ベトナムの学校教育ではいわゆる「読み」、「書き」、「計算」 の授業がほとんどであり、それを補完するように体育・音楽・美術等の情操教育を専門に扱う公機関があり、それが「チルドレンズ・パレス」です。各省に最低1つ以上設置されているそうです。また、不定期で大人のための各種セミナーやイベントなども行われ、町の総合文化・教育施設といえます。生徒は授業料を払ってここで活動します。(無料の活動もあり)授業料が払える比較的裕福な家庭の子が5~6割、普通の庶民の子が3~4割、貧しい家庭の子が1割位、だそうです。ただ裕福とはいってもフーイエン省自体が豊かではない省なので、ハノイやホーチミン市の中産階級とはだいぶ違うようです。
 チルドレンズ・パレス外観
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海で夕涼みをするトゥイホアの人々 |
<写真ワークショップ第一部 一日目 2007年8月13日>
写真ワークショップ第一部に参加したのは12歳から18歳までの生徒24名(男子8名、女子16名)です。全員が学生です。(初日には28名が出席しましたが、うち3名は青年団の活動で急遽ハノイへ出張することになり、またうち3名が翌日から欠席したため、2名の生徒が追加になり、最終的には24名になりました)
互いの顔が見えやすいように輪になって座ると、いきなり手拍子つきの歓迎の歌で出迎えられました。ちょっとキャンプのような雰囲気です。今回のワークショップの舞台は、チルドレンズ・パレスという普段から子供たちが課外活動を行う場所なので、インドの時のように膨大な数のギャラリーや山羊や犬といった動物はおらず、割とすんなりワークショップは始まりました。
まずは恒例の、ガムテープに参加者全員の名前を書くところから始まります。もちろん私たちもガムテ名札を付けます。生徒たちはベトナム語、日本語の二ヶ国語表記で、私たちはベトナム語表記で。これはお互いの名前を知るという意味はもちろんありますが、「この人はこういう名前を持った唯一無二の存在なのだ」という意味が潜在的にこめられています。この儀式は、2000年インドのワークショップで、「名札を付けよう。でも適当な名札がないから、ガムテで作っちゃおう」という感じで割と場当たり的に発生した習慣だったのですが、生徒たちが見慣れない外国語で書かれたガムテ名札に愛着を持ってくれることを知り、いつしかワークショップには欠かせない儀式となりました。

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青い服の人が塚田さん |

青い服の人が私達のお世話をして下さったヴァンさん
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いつものように、相手のことをよく知るための質問をすることから始めました。
・年齢、学年
・好きな色は何ですか? その理由は?
・将来の夢
・大切にしていること
・拒否すること、嫌いなこと
これらの共通質問は、なにげないようでいて、その人の核心に触れる内容を含んでいます。共通質問の内容は、何回にもわたるワークショップの間に試行錯誤して内容を吟味してきました。対話の最中、ヴァンさんは感情が高ぶって涙ぐんでしまいました。彼らがそれだけ真剣に自己をさらけ出してくれているのですから、聞くこちらも真剣勝負です。
外国の生徒の聞き慣れない名前を覚えるのは大変なことです。しかしいつも不思議に思うのですが、2時間半ほど質問を投げかけて対話を重ねていくうち、聞き終わった頃には自然と生徒の顔と名前が一致するようになっています。それはやはり、短い時間の中でもひとりひとりの人格に触れることができた、という実感が生まれるからだと思います。そのかわり、聞き終えたあとはへとへとになってしまうのですが。
共通質問が終わると、生徒の間から「私たちも話したのだから、先生たちも自己紹介をしてください」という声があがりました。意外なようですが、このような問いかけは初めてのことでした。「げっ、年齢いわなきゃいけないのか、大切にしてること、拒否することは何だろう? そんなのとっさに思いつかないよー」と軽くパニックに陥っていると、スタッフを代表して橋口が自己紹介をしました。
橋口「僕は橋口譲二といいます。58歳、写真家です。会社に勤めたことはありません。給料をもらったこともありません。自分の考えを本にしたりして形にしています。努力して生きています。お金持ちではありませんが、やりたいことをやって生きています」
リー「給料がないというのは、辛くないですか?」
橋口「辛くはなかったです。なんとかなると思って生きてきたら、気がついたら58になっていました」
生徒たちはそれで満足してくれたので、幸い私(星野)は自己紹介をせずに済み、胸をなでおろしました。「助かったあー」と思った瞬間、この共通質問はかなり恐ろしい質問なのだなあ、と初めて実感しました。自分が聞かれそうになって初めて、「自分がバレるのが怖い」と思ったのです。情けない話ですが。そしてそのようなしんどい質問に、一生懸命言葉を探して答えてくれた生徒たちをいとおしく思いました。(2007/09/25 星野)
<写真ワークショップ第一部 一日目 2007年8月13日 つづき> 10/8UP
●BREAK 1 昼寝について
全員の質問が終わった頃には12時近くなっていました。日本では12時というとちょうどいいお昼ごはんの時間ですが、ベトナムでは普通11時頃にはお昼ご飯を食べ始め、そのあとは昼寝をして、昼休みをたっぷり2時間近くとるそうです。またベトナムの人たちの多くは家に帰って昼食をとる習慣があるということです。
ワークショップ期間中、昼寝の時間をとるかどうかということは、始める前からの懸案事項の一つでした。短い期間に集中して行うワークショップでは、一日ごとにカメラを集めてフィルム(デジタルの場合はデータカード)を回収するため、写真を撮る時間は限られています。そのためこれまで各地で行ってきたワークショップでは昼寝時間をもうけたことはありませんでしたし、私たちはベトナムでも「昼寝時間はとらなくてもよいのでは?」という意見でした。
しかしベトナム人の生活習慣をよく知る塚田さんから、
・家に帰って昼食をとる子供も多い。生徒たちは全員がチルドレンズ・パレスの近くに住んでいるわけではないので、1時間くらいの昼休みでは戻って来られない可能性がある。
・ベトナムの人たちが昼寝をとるのは、朝活動を始めるのが早いからであり、昼寝時間をとらないと集中力がもたないのではないか。
という意見が出され、結局昼寝時間をとることにしました。

昼寝中の橋口
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昼寝中の瀧澤さん、福田さん、美穂さん
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結論からいうと、昼寝時間をもうけて正解でした。
あまりの暑さで、私たちですら昼寝なしには体力がもたないほどでした。

毎日こんな青空でした
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光と影のコントラストがきれいです
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●BREAK 2 カメラについて
2000年、一番初めに写真ワークショップを行ったインド(バンガロール)、そして2001年東京ではフィルムカメラを使いましたが、それ以降はデジタルカメラを使用してきました(これら二つのワークショップについては当HPで報告を書く余裕がありませんでした。詳しくは橋口譲二、星野博美共著、平凡社刊の『対話の教室』に記載されています)。それは、デジタルカメラはプリンターと電源さえあればDPE屋がなくとも、どこでも写真をプリントできるという利点があったからです。しかし今回は再びフィルムカメラに戻ることにしました。
一番大きな理由は、いくらこちら側で枚数を制限しても、撮った写真がデータであるデジタルカメラでは「データは無限」という感覚がどこかについて回り、限られた枚数の中でシャッターを押す緊張感というものを持ちにくいからです。
泣いても笑っても36枚しかない、という緊張感、フタを開けて光が入ってしまったらフィルムが感光してしまうという緊張感、そして撮影してから写真が出来上がってくるまでの半日ほどの時間、わくわくしながら待つという時間の流れ、そんな目には見えない感覚を大切にしたいと思いました。
デジタルカメラは、確かに便利で作業的なことを考えてもとても有能な機械です。しかしこのワークショップは単なる写真教室ではなく、「感じる」とか「考える」といったことに重きを置く教育的な面もある体験教室なので、私たちくらいは時代に逆行してアナログな方法を採ってもいいのではないか、という結論に達しました。
もう一つの理由は、ワークショップを運営する側の理由です。これまでデジタルカメラを使用していた時、翌朝の教室までに生徒たちの写真をすべてプリントしなければならないため、スタッフは朝の3時、4時まで印刷にかかりきりになってしまいました。もちろんスタッフはへとへとになります。それが大変だったから問題ということではなく、ホテルに戻ってからの作業があまりに大変なので、現場で疲れきってしまうということがままありました。ワークショップで一番大切なのは、作業ではなく、現場で生徒たちを支えることではないだろうか。フィルムカメラを再選択したのには、そんな理由もありました。
(生徒たちが使用するカメラはキヤノン・マーケティング・ジャパンより、フィルムは富士写真フィルム株式会社よりご協力いただきました)
 生徒たちが使用する一眼レフカメラ
EOS-Kiss
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生徒が問題なく使えるよう入念に
カメラのチェックをする通訳のヤンさん
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●午後
午後は、実際にカメラを使い始めます。スタッフから名札に書かれた番号と同番号のカメラが各生徒の首にかけられ、カメラの使い方と注意事項を伝えました。カメラを使うにあたっての注意事項はいつもの通りです。
・ カメラは各自責任を持って管理すること。不慮の事故で壊れることは仕方がないが、
乱暴に扱かったり水に落としたりしないこと。
・ これからの4日間、その番号のカメラは君自身のカメラなので、
誰かに「貸してくれて」といわれても、責任を持って管理すること。
・ フタを開けるとフィルムがだめになってしまうので、フタは絶対に開けないこと。
何かわからないことがあったら、スタッフに聞きに来ること。
・ ファインダーをのぞきながら歩くと非常に危険なので、歩く時は車やオートバイに十分気をつけること。
・ レンズに触らないこと。
それから生徒たちを二列に分け、ファインダーをのぞきながらレンズと距離についてレクチャーをしました。
橋口「このカメラには望遠レンズという便利なものがついています。これを動かすと、自分が動かなくても、撮りたいものが近寄ったり遠ざかったりします。でもこの教室では、レンズを動かすより、自分が動くようにしよう。撮りたいものを大きく撮りたい場合は近づき、小さく撮りたい時は遠ざかるという努力をしてみよう。それ以外は自由です。自分がきれいだと思ったものや、気持が動いたものがあった時、シャッターを押してみよう」
こんな質問があがりました。
ユォン「人の写真を撮りたい時、その人がいやがったらどうしたらいいですか?」
橋口「その時は時間をかけて説得してみよう。そして、なぜその人が撮られることをいやがるのか、その理由を考えてみよう。カメラは時によって暴力的な道具になりうるから、拒否する相手が出てくるのも当然のこと。それをきっかけにして考えてみよう。いい質問ですね」
レクチャーの最中、ロンがおなかを押さえて座りこんでしまいました。彼はとても静かな少年で、もともと胃があまりよくないこともあり、慣れない緊張感の中で疲れが出てしまったようでした。午前中の質疑応答の中で、彼が語っていた夢、「医者。病気が治ることは大事だし、社会に貢献できるから」が心に重く響きました。
この暑さと緊張感の中で、ただでさえ車やオートバイがびゅんびゅん飛ばしている街中に生徒たちを出すのは、危険ではないか。スタッフで急遽話し合った結果、今日の午後いっぱい、カメラに慣れるまでは安全なチルドレンズ・パレスの中で撮影したほうがいいのではないか、という結論に至りました。
くもの子を散らすように生徒たちが構内に散らばっていきました。初めて本格的なカメラを手にした興奮で、友達同士で手当たり次第にシャッターを押している生徒もいれば、すでにマイペースで何かを必死に探そうとしている生徒もいます。何を撮ったらいいのかわからずに、スタッフにレンズを向ける生徒もいます。スタッフの写真を撮ろうとした場合は、「自分の心が動くものを探そう」といってさりげなく注意をしましたが、そのほかはあまりとやかくいわずに見守りました。というのも、明日写真があがってきた時、一生懸命集中したか、きゃあきゃあ遊んでしまったか、写真を見れば自分にもわかるからです。そしてそのことは他人にいわれて気づくより、自分で気づくほうが意味があるので、ここはじっと我慢です。
カメラを回収する5時が近づくと、まだフィルムが残っている一部の生徒は焦って、手当たり次第に友達やスタッフにレンズを向けてシャッターを押し始めました。ここもじっと我慢。
さきほど体調を崩したロンは、少し休んでから写真を撮りに出たのですが、とても心配そうな顔をして戻ってきたので、「どうしたの?」と声をかけました。すると「触ってはいけないといわれたのに、レンズに触ってしまいました。どうしたらいいでしょう?」といって泣きそうな顔をしています。「触ってはいけないと注意をしたけど、あとで掃除をするから心配しなくていいよ。それより自ら申し出てくれてありがとう」とお礼をいうと、とてもほっとした表情をしていました。
おおかたの生徒が撮りきってカメラを返したあと、最後の最後に戻ってきたのはミンとチャンの二人でした。二人は、「撮りきれませんでした」と自己申告しました。「どうして撮らなかったの?」と尋ねると、「そんなに簡単に撮れるものではないからです」とミン。「人それぞれペースがあるから、気にしなくていいよ。それより、フィルムを大切に使ってくれてありがとう」と二人にお礼をいい、カメラを受け取りました。このことも、明日の教室の議題の一つになります。こうして一日目の授業が終わりました。(2007/10/07
by星野)
<写真ワークショップ第一部 二日目 2007年8月14日> 10/21UP
前日現像に出した写真をチルドレンズ・パレスへ向かう途中、DPE屋でピックアップし、前日より1時間早い8時からワークショップを始めました。ベトナムの人々は朝早くから行動し始め、11時、遅くとも11時半頃から長い昼休みをとるという話を聞いたため、9時からでは午前中にできることが限られてしまいます。生徒たちにとって、8時に集まることはまったく大変ではないということなので、開始時間を早めたわけです。ベトナム滞在中は、私たちも早起きの生活になります。
意外だったのは、前日つけたガムテープの名札を大部分の生徒が持ってきてくれていたことでした。これまでのワークショップでも「ワークショップの間は必ず名札を持ってきてください」と伝えたにもかかわらず、恥ずかしがって持ってこなかったりなくしたりしてしまうことが多かったのですが、今回はおおかた持っていました。なんとなく嬉しい気持ちでした。
さあ、前日撮った写真の入った袋を開ける緊張のひとときです。生徒たちは宝物の入った箱を開けるように、きらきらした表情をして写真を取り出します。ここはスタッフにとっても案外重要な瞬間です。というのは、生徒たちが興奮して写真を見せっこしたり騒いだりするのは当然なのですが、その興奮にスタッフが流されては教室が収拾つかなくなってしまうからです。みんなの楽しそうな表情に喜びつつ、いますべきことは何なのかを冷静に考える、そんないわば「冷熱」を持つ必要があり、それは案外難しいことなのです。
橋口「まずみんなにいっておきたいことがあります。いまみんなに前日の写真を配りましたが、ミンとチャンには写真がありません。なぜだかわかりますか? 二人は昨日、最後までフィルムを撮りきることができなかったと申告してくれました。少なくない生徒が昨日の最後、フィルムを撮りきるために無駄にシャッターを押していました。でも二人はそうはせず、自分のリズムを守ったのです。だから二人は、いま手元に写真はありませんが、今日の午前から引き続き写真を撮りに行ってもらいます。みんな、周りの人に流されず、自分の考えで行動しようね。小さいようですが、とても大切なことです。
それでは自分の撮った写真を並べて、じっくり向き合おう。友達の写真を見るのはそれからにしようね」
また前日の夕方、青年団の活動に参加するためハノイへ出張した3名の代わりに、この日からマンとバオの二人がワークショップに加わりました。二人ともあまりチルドレンズ・パレスの活動に加わったことがないらしく、面識のある生徒がいないため、とても緊張した表情をしています。二人には、他の生徒たちが写真を見ている間、スタッフがついてカメラの使い方をレクチャーし、チルドレンズ・パレス内で午前いっぱい練習をすることにしました。そうすれば午後から、他の生徒たちに追いついて写真を撮りに行くことができるからです。
しっかりと自分のペースで写真を撮った子、友達と一緒に遊びながら写真を撮ってしまった子など様々です。昨日はチルドレンズ・パレス内という限られたスペースで全員が写真を撮ったにもかかわらず、足をとめたもの、心をひかれたものには、驚くほどの違いがありました。一人一人の写真を見ながら、正直に感じたことを話してゆきました。
最初は写真があがってきた興奮から、きゃあきゃあ騒いでいた生徒も、他の生徒が一生懸命何かを探しながら撮った写真を目にすると、静かになっていきます。自然とワークショップの雰囲気が高まっていく瞬間です。

まずは教室いっぱいに広がって、
自分の写真と向き合う時間を持ちます
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左からホンヴゥ、ロン、リー、ハー
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・ヴァンは、限られたスペースの中でストレートに人に関心を寄せた写真を撮っていました。
・ダットとタンとヴゥは、人気者の女の子、リーの写真を多く撮っていました。
「好きな子と遊ぶのはいつでもできるんだから、ワークショップの間はちゃんと自分と向き合おう」
そういうと3人とも顔を真っ赤にして照れています。しかし同じリーの写真を撮っているといっても、やはりその撮り方にはまぎれもなく個性や感情が写りこんでいました。
「タンは照れて彼女をきちんと撮っていない。でもヴゥの写真は彼女の何気ない表情をとらえて、彼女の人間性がそこに写し出されている。彼女をきちんと見たいという気持ちが表れている(生徒たちからヒューヒューの嵐)。どうせ彼女を撮るなら、きちんと見ないといけないよ。みんないいもの持ってるんだから、ふざけたり照れたりしないでやってみよう。男は女に惑わされるな」
橋口がそういうと、「私のせいじゃありません。彼らが勝手に私を撮りたがるんだもの、私にはどうしようもない」とリーが逆襲しました。さすが、もてる女の子はいうことが違います。
・最年少のロックの写真には、頭で考えている部分と本能でシャッターを切っている部分の両面が表れていました。「今日は街に出るけど、君にしか見えない世界を探してみてほしい。ふだん使っている頭を使わず、子供に戻った気分で撮ってみたらどうかな?」

リーばかりを撮っていたことを指摘されて
照れるタン(赤)とヴゥ(緑)
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真剣に話に耳を傾けるロック(右)
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・朗らかな仲良し二人組、フックとホンブゥはちょっと気持ちが遊んでしまったみたいでした。
「友達といると、気持ちが遊んでしまって集中力が持続できないよ。ここに参加している間は自分の気持ちに集中してみよう」
・前日、途中で調子が悪くなってうずくまってしまったロンは、集中力を切らさず自分の世界を探していました。風景の中に友達を探している、そんな印象の世界でした。
「ロンは自分の中に物語を持っているね。このままの世界で街に出てみたらいい。こういう風景を見つけた時、どんな風に感じた?」
ロン「その瞬間は、その瞬間に撮らないとなくなってしまう。そんな風に思いました」
「写真の中にたくさんの言葉がある。このまま続けてみよう」

ホンヴゥ
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ロン
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・トゥは光を探して撮っているところが印象的でした。
・さきほど「みんなが私を撮りたがるのは私のせいじゃない」と息巻いたリーは、男の子たちに追い回されてさぞ集中できなかったのではないかと思いきや、チルドレンズ・パレス内の何げない、ちょっと寂しげな風景にきちんと目を向けていました。
「なんでもない風景を撮るというのは、実は難しいこと。リーはちゃんとそれを撮っている。イメージを重ねていくと、一つの世界が見えてくる。今日も、男たちが何やかやいってくると思うけど、自分のテンポを守って、気持ちと会話しながら街に出てみよう」
そういうと彼女は「大丈夫です」と答えました。
「ほら、彼女はちゃんと集中できているのに、男はだらしないぞ」
またヒューヒューの嵐。

友達が撮った写真に興味津々
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友達の写真に見入るユォンとヴィ
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・最年長でもの静かなフイの写真には、大胆な空間処理が印象的なものが4枚ありました。中でも、チルドレンズ・パレスの屋上から下の校庭を写した写真が特に印象的でした。
「この4枚と他の写真の違いがわかりますか?」
首をかしげるフイ。
「この4枚には、君の気持ちが表れていると思う。見る人の気持ちが遠くへ飛んでいくような写真だ。君は入試の結果を待っていて不安だと昨日いっていたね。そんな不安がこの写真には表れていると思うんだ。今日は、ふだん抑えている気持ちを思いきり自由にしてみたら? そんなことを意識してみてほしい」
・ハーの写真を見ながら、彼女の特徴がよく表れているものを選び、なんとなく撮っているものと見比べてみました。
「この二つを見比べてどうですか? ハーさんのよいところはこの部分だと思うんだけど」
ハー「どれも自分が撮った写真なので、好きです。どれも捨てられません」
橋口「どんな人も単純じゃないから、自分の中にいろんな面がたくさんあります。でも表現というのは、自分の中の何を選んで何を捨てるかという作業をしなければならない。撮ることも大切だけど、この『選ぶ』という行為も表現の重要な一部なんです。このワークショップは成績とはまったく関係ないから、もっと自分の心に素直になって、わがままになってみるといい。自分の心の中にしまっていたものと向き合ってみよう」
・ヴィ(14)は、昨日はあまり集中していたとはいえないようでした。日本人スタッフの写真ばかりを撮っていました。
「どうしてスタッフばかり撮ったの?」
「外国人が珍しいから、この瞬間を残したかったんです」
写真を並び替えているうちに、一つのことに気づきました。TBSの音声、瀧澤さんの写真のオンパレードです。
「なんだ、瀧澤さんが好きなんだ」
そういってひやかすと、ヴィはこくんとうなずいてあっさり認めました。
「人に興味を持ったら、まっすぐストレートに向かおうね」
・ヴィ(12)は驚いたことに、チルドレンズ・パレスという一つの世界の物語を作り上げていました。しかしそれを本人は全然意識していない様子。「ただ気持ちが動いたものを撮っただけ」とひょうひょうとしています。
「何を見ても、自分の気持ちをそこに置いているね。気持ちが全然切れていない。今日もまた、あらたな気持ちで街に出てみよう。昨日ヴィは周りに左右されず、自分のリズムで、自分と会話しながら写真を撮っていました。一人で撮っていたから、他の人のリズムに惑わされなかった。そのことが写真によく表れているね」

友達の写真を静かに見るミンとマン
参加したばかりで人見知りしていたマンに、
ミンは常にそっと寄り添っていました
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話を聞く時の生徒たちの集中力は
たいしたものでした
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「みんな、驚くほど豊かな世界を持っています。今日も自信を持って写真を撮ってください。ただ、遊んでしまった人とそうでない人が、写真を見たらはっきりわかりました。本人が一番よくわかったと思います。
昨日、みんなとふざけないで一生懸命写真を撮った人は、たくさん写真が撮れていました。人が持っている才能に、実はそれほど差はないんです。ただ集中するかしないかで、大きく変わってくる。友達と遊ぶのはいつでもできるけど、ワークショップで写真を撮る時間は限られているよ。せっかくの機会なんだから、このワークショップの間は自分の気持ちに集中してみよう。
そしてもう一度強調したいのは、これは写真の優劣を決める授業ではないということです。他の人がどんな写真を撮っているかは関係ない。人とではなく、自分と競争しよう」
ここで午前中のワークショップは終わりです。この抽象的な内容を――ともすると日本語でも翻訳不可能な内容を――、通訳のヤンさんは休むことなく、時には生徒に伝わりやすいように説明を補足しながら、丁寧に生徒たちに伝えてくれました。私はベトナム語がわかりませんが、わからない言語でも、それが人にどのように伝わり、どのように受け止められているのかは勘でわかります。ヤンさんの通訳能力の高さもさることながら、表現に対する理解の深さ、なのだろうと思いました。現場で一番体力を消耗したのは、間違いなくヤンさんだと思います。
生徒たちは昼食をとったあとカメラを持ち、5時まで写真を撮りに行きました。対話のあと、写真はどのように変わったり、また変わらなかったりするのでしょうか?(2007/10/21
by星野)
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「気持ちと握手をする」 橋口譲二 11/1UP
ワークショップで一番大切なのは、参加する少年たちとの心の距離感です。おもねることもなく、かといって権威をふりかざすのでもなく、少年たちの気持ちや感情と握手をしていく。気持や感情と握手を成立させていくには、本当に小さな事実の積み重ねしかなく、それもその場その時、瞬間、瞬間の判断によるところが大きいです。ワークショップの現場での気持ちの持ち方は自分自身の作品造りとほぼ同じだと思います。
フーイエンでは彼らの感情とのファーストコンタクトはワークショップ初日の、顔を向かいあって直ぐだったような気がします。星野の報告にも、キャンプの様な雰囲気だったとあるように、ベトナムでのワークショップは、リーダー的存在の少年の音頭で僕らが挨拶をする間もなく手拍子付きの歌で始まりました。
外から来た人を歓迎するための儀式ともちょっと違い唐突な印象を僕は持ちました。あらかじめ皆で話し合った上で歌い始めたというより、音頭をとった少年のパフォーマンスが強い気がしたのです。なぜなら手をたたき一緒に歌いながらも戸惑を隠さない少年少女もいたからです。
歌が終わった後、僕らが「ありがとう」とお礼を返すまもなく次の歌が始まってしまいました。僕は焦りました。このまま歌が続くとワークショップが違うところに行きそうな気がしたからです。僕は皆が歌うのを意識的に遮りました。「皆が僕らを楽しく迎えてくれたのはとても嬉しい。でも僕らはただ楽しむだけに来たのではないのです。僕らは皆一人一人を知りたくて、カメラを持ってこの街に来ました。だからもう歌は止めよう、そして話そう」その瞬間チルドレンズパレスのスタッフは勿論のこと車座になっている少年たち、そして星野以外の僕らスタッフ間にもある種の緊張が走りました。それはある意味ベトナムの慣習を無視してワキアイアイ的なものを僕が断ったからです。
でも緊張が走るそんな中にも数人の少年たちの気持ちが、僕の方に向かって飛んできたのを僕は肌で感じとりました。たぶんこの時、何人かの生徒とは最初の気持ちの握手が成立した様な気がします。ですが彼らの歌を遮った行為はある意味で乱暴なことも確かです。その場はともかくとして皆の感情の中に後々まで不快で乱暴な行為として残るのか、握手に繋がるのかは紙一重ということになります。
そしてその後、一人一人を知る為の共通質問に移りました。共通質問がスタートして暫くの間は,話す人の方に関心を傾けていましたが、次第に退屈し始めたらしく何人かが勝手気ままに隣同士で話し始めました。そんな生徒が現れる度に、僕は「ほら人の話はちゃんと聞こう」と繰り返し注意をしました。28人の生徒が一人ずつ話終るまでの2時間余りの間、僕は何度注意をしたか分らないぐらい皆に注意をしました。星野は生徒と僕とのやりとりをメモすることに集中していますから、少年たちに質問をして答えに対応し、無駄話が始まると注意をするのは全て僕の役割になります。そしてこの一連の行為を参加者は勿論のことチルドレンズパレスのスタッフ、人民委員会(ベトナム社会)の人たちは注意深く見ているわけです。
このやりとりを通じて僕らは「どんな人の話も、僕らにとっては等しく大切」という無言のメッセージを投げたつもりです。
カメラを手渡す時にも一声かけながら一人一人首からかけてあげる。できあがった写真を見る時にも、全員の手元に写真が行き渡るまで袋を開けないように注意をしました。そして写真が大切というよりも、今の皆の気持ちが映しこまれた大切なものだから「大切に見よう」と全員手袋をして写真を見るように心がけました。皆が使う手袋は日本から準備して来ました。そんな些細なことを積み重ねて行くことで僕らと少年たちの間には、言語化しつくせない親密で大切な何かが生まれていったような気がします。
気持ちと握手をするというのが僕らのワークショプなのかも知れません。何度も繰り返しますが、気持ちと気持ちの握手は本当に小さなことの積み重ねの先にあるのだと思います。僕らの試みるワークショップが一見マニュアルが有る様でないのは、そのつどそのつど判断をし、目の前の人たちと関わり合っていく為にマニュアル化しようにも出来ないのです。
話を参加者たちとの関係にもどすと、僕らが判断するたびに彼らは僕らの人間力を計っているのかもしれません。多分見ているのだと思います。だから僕らはどんなささいなことも気も手も抜けないのです。
橋口譲二 2007/11/1
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<写真ワークショップ第一部 二日目 2007年8月14日 つづき> 11/3UP
生徒たちが写真を撮りに行っている間、私たちは塚田さんの上司、ヴァンさんと今後のことについての話し合いを持ちました。
ベトナムへ来る前の予定では、写真ワークショップを終えたあと、年齢をもう少し下げた低学年対象の絵画ワークショップを数日間行うつもりで準備をしていました。チルドレンズ・パレスには小学生の生徒たちもたくさんいるため、できるだけ多くの生徒が参加できる活動ができないか、というチルドレンズ・パレス側からの要望もあったからです。
ところがおもしろいことに(おもしろがるような話ではないのですが)、ベトナムでは(特に小学校の)新学期が始まる日にちが毎年変わるそうで、当初想定していた8月末から大幅に早まり、8月15日から新学期が始まるということを直前になって知りました。なので、当初想定していた低学年対象の絵画ワークショップは変更させざるをえなくなりました。
加えてもう一つ問題がありました。絵画ワークショップで使用する画材は、ぺんてる㈱のご協力により日本から持ち込みましたが、画用紙は現地で調達することにしていました。塚田さんいわく、トゥイホアで手に入る画用紙は、コピー用紙に毛が生えたようなもので、絵の具やクレヨンの吸収がわるく、ホーチミン市で探すしかないとのことでした。
トゥイホアへ来る前、ホーチミン市の画材店で画用紙を買い求めました。いい画用紙が見つかったのですが、在庫が足りず、前金を払い、あとは通訳のヤンさんの友達にトゥイホアに送ってもらう手はずを整えていたのです。そこまではよかったのです。
ところが私たちが大量に画用紙を欲していることを知った画材店の店主が商売心を起こし、ヤンさんの友達に、この値段では渡せないと2倍の値上げを要求してきたのです。
日本円に換算すれば払いきれない額ではありませんでした。加えてトゥイホアではどうしても手に入らない画用紙を、どうしても手に入れたいという気持ちもありました。しかしこのような理不尽な要求を簡単に呑んでしまえば、「外国人はいくらでも金を払う」といったよくない前例を作ってしまうことにもなるし、なにより、気持ちのわるい思いをずっと抱え続けてワークショップに臨むことになってしまいます。ベトナムに限ったことではなく、どんな世界にも足元を見る商売人はいます。ただのお土産だったらいうなりの値段で買ってしまったかもしれませんが、子供たちが使う画用紙にそのような思いを残したくはありません。
「これを買うわけにはいかない」
結局そのような判断を下し、画用紙探しはヤンさんの友達に頼んでゼロから始めることになりました。
こちらからはヴァンさんに、以下のような提案をしました。
・画用紙が理不尽な値上げ要求により、現在まだ手に入っていない。いずれ入手はできるし、なんらかの形で絵画ワークショップはするつもりである。
・二日間を見る限り、この暑さの中で4日間撮影するのは集中力がもたないのではないか。日射病や交通事故などがとても心配。当初の予定より1日縮めて撮影を3日間とし、4日目に作品セレクトとアルバム作成を行う。そのかわり一日の休養を挟んで、働いている少年少女対象の写真ワークショップ第二部を開くことはできないか。
これまでは同じ場所で二つの写真ワークショップを行ったことはありませんでした。この提案には、いくつかの理由がありました。当初ワークショップの参加者を募るにあたり、「学校へ行っている生徒や働いている少年少女をできれば混ぜてほしい」というリクエストを出していましたが、ふたを開けてみると、参加生徒は全員が学校へ通っている学生でした。おそらく、チルドレンズ・パレス側の様々な配慮があったと思われます。
ヴァン「その考えに賛成はしますが、学校へ行かずに働いている子たちはいろんな経験をしている子たちなので、カメラがなくなったりすることが心配です」
橋口「人間、信じるしかありません。ベトナムだけではなく、どこの国でも起こりうることですが、信じて預けることでいい関係が作れます。それに万一カメラがなくなったとしても、それは僕の責任であってベトナムの皆さんの責任ではありません。困難なことを一緒に成し遂げることができたら、ヴァンさんたちとももっと信頼関係が築けると思います。人数は20人である必要はありません。人数が少なければその分濃密に関わることもできるし、町でもカフェでも場所はかまいません。せっかくこちらにいるのだから、できる限りのことはして帰りたいです」
思いが通じたらしく、ヴァンさんは働いている生徒を集めることを承諾してくださいました。

日本側スタッフとチルドレンズ・パレスのスタッフのみなさん
(後列最右の女性がヴァンさん)
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<写真ワークショップ第一部 三日目 2007年8月15日> 11/19UP
午前8時に教室へ行くと、何人かの生徒たちが自主的にほうきで教室を掃いていました。これから写真を並べる教室をきれいにしたいという思いと、ワークショップ自体に対して、彼らなりの敬意を示してくれたのだと思います。
前日と同じく、午前中はまず昨日撮影した写真と向かい合う時間です。
橋口「昨日は写真を選ぶところから手伝いましたが、今日は自分の見せたい世界を自分で組み立ててみよう。写真を並べたら、立ったり離れたりもして写真を見てみよう。また写真の見え方が変わってくるよ」
写真をめぐる対話は、毎日同じことを繰り返しているように見えますが、その内容は微妙に変化しています。そもそも写真には、撮影する、写真を選ぶ、組み立てる、見せる、という段階があります。二日目には「選ぶ」ためのヒントとして、生徒の写真から垣間見える、生徒自身が気づいていない個性や興味を探す手伝いをする対話をしました。三日目の今日は、それをもう一段階進め、「そこから自分が何を感じとるか。それを通してどんなことを表現するか」という、前日より抽象的なテーマに挑むことになるわけです。
・ヴァンはストレートに人に興味を向けた写真を撮っていました。
橋口「これはどんな人たちですか?」
ヴァン「箸を売る人です。たまたま道を通りがかった人です。路上で働く人のいろいろな瞬間を撮りました」
橋口「どうして彼らに興味を持ったの?」
ヴァン「働いている人たちの生活は大変だけど、働くことは素晴らしいからです。そんなストーリーを作りたいと思いました」
ヴァンの写真はそれ自体素晴らしかったのですが、あえてもう一つ課題を提案しました。
「ストーリーを作る時、伝えたいことだけを並べる方法もあるけれど、間に花とか風景とかを入れることで、より人間の存在が際立ってくる場合もある。撮りたかったことを強く訴えるためにはどんな順番で並べたらいいか、それを考えてみよう。難しい課題だと思うけど」

早出をして掃除をしてくれた生徒たち
(左からハン、トゥオン、ロン、タオ、ダット、マン、ミン)
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ヴァンと橋口(後ろはTBSカメラマンの福田さん)
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・ミンは自分の撮った二日分の写真を並べ、微動だにせずずっと見入っていました。
ミン「人と風景。単純なことを、そのまま撮りました」
橋口「ミンの写真は大人の写真だと思う。時間がかかったのがよくわかる。いい写真がたくさんあるから、この中でひとつの物語を作ってみたら?」
ミン「やってみます」
前日と同じく、町の名所(教会や遺跡)に出かけたり、友達と一緒に行動したと見受けられる生徒が何人かいました。ダットもまた友達とお寺と遺跡に出かけていましたが、それ以外の場所では人が何気なく通りすぎてしまいそうな風景や断片を確実に撮っていました。二種類の写真の違いは一目瞭然です。
「お寺や教会が大切だという気持ちはよくわかります。でもそれは君じゃなくても発見できることだよね。でもほら、君のよさは、他の人が気づかないものの価値を探せていること。君にしか発見できないことを発見しよう。タンも今日は一人で歩こうね。でも昨日より集中できてる。やればできるんだから、遊んじゃったらもったいないよ」
・ロンは「見慣れたものを、ふだん見ない角度から撮ってみました」。詩的な印象的な写真がいくつもありましたが、ただ、前日のディスカッションで選ばれた写真を彷彿させるような、ちょっと似たタイプの写真が増えてしまっていました。
「昨日に少し縛られちゃったかな。今日は形にとらわれず、気持ちを自由にしてみよう」
・ホンヴゥとフックは本当に仲がよいらしく、いつも二人で行動しているようです。塚田さんによると、いとこだそうです。二人で教会と遺跡に行っていました。
「友達と一緒にいるとそれだけで楽しいから、自分と向き合うことができない。これは見慣れた風景の中から何かを探すワークショップです。せっかくのチャンスなんだから、ワークショップの間は自分の才能を見つける努力をしよう。
ほら、写真を見ると、同じところに立っていても二人は微妙に違うものに目を向けているよ。それが個性なんだ。だからもっと自分の見たものに自信を持とう。カメラを持つ時は自分と向かいあおう。きっと自分の気づかない自分と出会えるよ」

ホンヴゥのお母さんが見学に来ました
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ヴィ(12)のお母さんも見学
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・昨日チルドレンズ・パレスを見事に「表現」していたヴィ(12)は、今日はなんだか集中できていないようでした。テレビの取材がつき、リズムが崩れてしまったのかもしれません。
「今日は自転車に乗らないで撮ってみようね。昨日は歩きながら風景と対話したから、写真が撮れたんだと思う。自転車に乗ったから、風景が通りすぎてしまったのかもしれないね」
よい点も、あまり取り上げすぎるとそれに固執することになりがちです。また生徒は感情を持った一人の人間ですから、その日の気持ちやリズムで写真だって変わってきます。それを感じとりながら、どのように注意したり励ましたりすればいいのか、本当に難しいです……。
・夢は「数学者になりたい」というチャンは、写真を撮る際に頭を使いすぎて、心を動かされたものが何かわからなくなってしまったようです。
「チャンは頭がいいから、どうしても考えてしまうんだね。17歳のチャンが惹かれるものを、心に素直に撮ってみよう。何も説明しなくていいし、仕上がりは考えなくていいんだから」
・前日はチルドレンズ・パレスで子供の日常にまっすぐ目を向けていたチャウは、打って変わってあっさりした写真になっていました。教会へ行ったり港へ行ったり、行動範囲が自由になったことで、逆に対象に集中できなくなってしまったようです。
「チャウが惹かれた部分があまり伝わってこない。急がなくていいから、静かに被写体と心のやりとりをすることを心がけてみたらどうだろう? 海とか教会へ行かなくても、自分の身の周りにもきっと心惹かれるものがあるはずだよ」
・前日少し遊んでしまったユォンは、人柄のよさそのままのような、フーイエンの人々のたたずまいがじかに伝わってくるような優しい写真を撮っていました。ところがそれらの写真をほとんど選ばず、いわゆるきれいな風景写真を選んでいました。
「せっかくいい写真がたくさんあるのに、選んでいない。君のよさは、君が選ばなかったほうにあると思うけど。二つをよく見比べてみるといいよ」

生徒同士の距離も少しずつ縮まっていきます
(タン、フイ、ヴゥ)
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左からロン、ハー、橋口、リー
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・昨日男子生徒からさんざん騒がれていたリーは、今日もマイペースでした。材木を積んだトラックや、町から少し外れた街道沿いの風景を撮っていました。
橋口「これはどこの風景ですか?」
リー「国道一号線の周りの風景を撮りました」
橋口「場所にテーマを決めるというのはひとつです。たくさんの写真で表現する人もいますが、リーは少ない写真でも表現できるね。この緊張をもう少し持続させてみよう」
・前日、「自分が撮った写真はどれも捨てられない」といっていたハーは、「やっぱり全部見てほしい。選べない」といいました。
橋口「その気持ちはわかるけど、でも何かを表現する時には何かを捨てるという決断も必要だよ。昨日と比べて、はっとさせるような写真が増えたね。どうですか、昨日と比べて自分の中で何か変化があった?」
ハー「何回も通ったことがある場所なのに、今回初めてきれいだなって気づきました」
橋口「それがきっと、他の人にはない君の特徴なんだよ」
・前日歌のオーディションがあってワークショップを休んだトゥオンは、あまり写真に集中できていないようでした。
「他の人にでも撮れるものと、トゥオンにしか撮れないものがある。それを考えて今日はがんばってみよう」
・独特な距離感が印象的だったフイは、その世界をもう一歩進めていました。
「今日も一日、この世界を延長してみるといいと思う。この距離感をさらに深めてみたら?」
・みんなより一日遅れで参加したマンは、路地裏の狭い空に渡った電線を多く撮っているところが印象的でした。同じく一日遅れのタオもがんばりました。
「短い時間で途中から参加したにもかかわらず、二人ともがんばったね。タオの写真を見ていると、そこに吹いている風が想像できます」

マン(右)を手伝うヴァン(左)
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人見知りなタオ(左)を気遣う橋口(秀) |
・大人っぽくて物静かなクックは、同じく遺跡に行っていましたが、他の人と違うのは石ばかりを撮っていました。
クック「石の命を表現したいと思いました」
橋口「それだったら今日は、自分の暮らしの周りにある石を探してみたら? クックは縦の写真が印象的だね。ものを見る時、縦に切り取る人もいれば横に切り取る人もいる。それもその人の個性です」
・トゥの写真は完全に自分の部屋の内部だけで構成されていました。光を探す感覚と、興味のあるものにぐっと近寄る距離感が独特です。フォトジェニックな大人の写真です。
そして前日は日本人スタッフ、特に音声の瀧澤さんばかりを撮っていたヴィ(14)は、一転、自分の身の周りの愛おしいものにぐっとフォーカスした写真を撮っていました。思春期の少女の心の揺れが伝わってくるような写真です。たった一日での変化には驚くばかりです。
・昨日はリーのことでひやかされたヴゥでしたが、しっかり自分と向き合っていました。
「撮っている場所はそれぞれ違うのに、そこにヴゥがいることがわかる写真。そこに自分の気持ちを置いているからだね。おとといの自分と昨日の自分がちゃんとつながっている。きれいな写真というのはずっと見ていると飽きるけど、こういう写真はたくさん言葉を持っている。なかなかすごいよ。
ほら、ふざけていない時の自分のリズムがちゃんと写真に出ているでしょ。いいものを持っていても、友達と楽しんでしまったら見つけられない。気づいて集中するかどうかで違ってくる」
・トー・ハーはこの日、試験があるのでお休みするという連絡がありましたが、試験を終えて制服のまま大急ぎでワークショップにかけつけました。試験前で忙しかっただろうに、じっくり時間をかけたことが伝わってくる写真でした。トーハは教室ではあまり目立ちませんが、他の人に流されない、自分のリズムを持っているようです。
「何もいうことない。このペースを守って続けてください」
・参加者の中で最も遠い、農村エリアから通うハンは、自分が暮らす家の周辺と海の写真を撮っていましたが、家の周辺の写真をすべて捨て、海の写真を選んでいました。
「ハンもいい写真のほうを捨てている。洗濯物を撮ってきた人は初めてだね。ハンのよさは家の周辺の暮らしをきちんと撮っていること。もっと家の周辺を撮ってみたらいいと思う。僕ら日本人はベトナムの農村の暮らしを知らない。だから君の周りの暮らしのよさを、日本人に伝えてほしい」

塚田さん(青)に意見を求めるヴィ(14)とトゥ |

ダット、試験を終えてかけつけたトーハ、ロック |
一人一人の生徒の写真を丁寧に見ていくため、たまたま順番が遅くなってしまった生徒はかなり待たされることになります。その時間を無駄にしなかったのは最年少のロックでした。ロックは他の生徒の写真の講評をしている時、必ず一番近くで話に耳を傾けていました。最後にロックの写真を見に回ると、写真のコントラストやインパクトなどを考慮した組みかたがすでにされていました。言語化はできないけれど、なんとなく写真の選び方というものを会得したようでした。
「僕は何もサジェスチョンはしていませんが、ロックはこれをすべて自分で選んで組みました。みんなも見るといいです。すごいことだよ。昨日一日、何を見てもそこに自分の気持ちを投げたから、選ぶ時にも自分で選べるんだね。たいしたものです」
「今日はごはんを食べて昼寝をしたあと、あまり遠くへ行かず、自分の周りの暮らしを撮ってみてください。身の周りを丁寧に表現してみよう」
私たちは昼寝をしたあと、生徒たちの帰りを教室で待っていました。午前中は生徒たちとのやりとりで頭をフル回転させるため、思いきり脳を弛緩させられる、ありがたい休息時間です。塚田さんがチルドレンズ・パレスに隣接した寮の自分の部屋から、コーヒーなどを運び、自家製のベトナム・コーヒーをいれてくれました。塚田さんいわく、「フーイエンのコーヒーはベトナム一おいしい」そうで、その言葉を素直に受け入れられるほどの美味。コーヒーの強烈な苦味と歯が痛くなりそうな練乳の甘みが、炎天と集中のしすぎでショートしかけた脳細胞を確実に覚醒させてくれます。
そういえばインドでも朦朧とした頭を救ってくれたのは、甘くて濃厚なチャイでした。暑さには、やはりこの濃さと甘さが必要なのだと実感します。このティータイムが楽しみで午前中がもっているようなものでした。
しかしその間も福田さんと瀧澤さんは撮影する生徒たちの映像を撮るため、炎天下を走り回っています。お二人の肌は日に日に黒さを増していきました。
写真というのはあまのじゃくな機械で、集中すればするほど撮れるというわけではなく、集中するほど撮れなくなるということがままあります。「自分の身の周りを丁寧に表現してみよう」というこの日の課題は、一日目、二日目からはもう一歩「表現」に踏み込んだ課題です。生徒にも「だんだん写真を撮るのが難しくなっていく」という感覚があったかもしれません。
この日、5時までに写真を撮りきれなかった生徒がヴァン、トーハ、トゥオン、ハン、クック、フック、ホンヴゥ、トゥ、ヴィ(12)、ミンの10名でした。写真を撮るのは今日が最後で、明日からは展覧会とアルバムのための写真選びに入ります。撮りきるまでがんばりたいという気持ちもよくわかります。「できるだけ長くカメラを持っていたい」と彼らが思ってくれることは、それはそれでとても嬉しいことでした。彼らには、ホテルの近くに住む人は夜ホテルにカメラを持ってくることとし、遠い人は翌朝持ってくることとしました。ミンは「今日はここまで撮ったけれど、疲れてしまいました。持ち帰っても撮れるとは思いません」とのことだったので、カメラを回収しました。それだけ集中したということなのでしょう。
夜、ホテルで塚田さんをまじえてごはんを食べていたところ、仲良しのフックとホンヴゥがカメラを返しに来ました。手にはスタッフの人数分のおやつをたくさん抱えて。彼女たちなりのホスピタリティーが嬉しいです。その時ふと、通訳のヤンさんがつぶやきました。
「フックとホンヴゥは、塚田さんの喜び組ですね。行くところ、どこへでもやって来て喜ばせてくれる」
それ以来、二人のあだ名は「喜び組」になりました。(2007/11/18 by星野)
ベトナム便り
10月29日から11月5日にかけて、ベトナム中部を大雨が襲いました。この大雨で私たちがワークショップを行ったフーイエン省をはじめ、近隣各省も被害を受けたようです。ベトナムの新聞によると合わせて72人の死者が出たそうです。このうちフーイエン省では14人の死者に加えて、2艘の船に乗っていた計7人の漁師が遭難したそうです。ワークショップを行った省都であるトゥイホア市では、学校が休校しているとの事でした。
被害は省都ではなくその周辺地域、農村部、山岳部、海岸部で大きいようで、道路も寸断されている場所もあり、現在は復旧作業に入っているとの事ですが、分かっているだけでも2600世帯(約10,000人)の家屋が浸水した模様です。
今年のベトナムはこういった台風、大雨、洪水の水害が多発しており、私たちがワークショップを終え日本に帰国した後から多発していました。
ある友人の故郷も水害を受けた省の1つだったのですが、幸運なことに被害を免れたそうです。「今年のベトナムは災害続きで生活が苦しい人ばかりが被害を受ける」と、話していたのが印象的でした。
河の中洲に暮していたワークショップ参加者のリーの家や河口付近に暮すマンの家も、恐らく増水した河の被害を受けたのではないでしょうか。とても心配です。
橋口秀実 2007/11/11

大雨の影響で街が2日間に渡って浸水したそうです。写真はワークショップを開いたチルドレンズ・パレスの前の通り。(撮影 塚田尚三)
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左の写真と同じ場所を浸水していない時に別のアングから撮影したもの。
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今回のワークショップで現地コーディネートをしていただいた青年海外協力隊員の塚田尚三さんから、ベトナムの水害についてのレポートが届きました。 11/24UP
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今月はじめ、ベトナム中部で台風を伴う豪雨により、大きな被害がありました。この地域は毎年台風の通り道となっており、中部地方の貧困の大きな要因の1つとなっています。先の橋口秀実さんの報告にもあったように、今回の豪雨では夏のワークショップ開催地となったフーイエン省でも被害が出ています。

ワークショップ会場となったチルドレンズ・パレス前
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後日
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フーイエン省を含むベトナム中部では、(ワークショップの行われた時期にあたる)乾季には連日強烈な日差しが照りつけますが、反対に雨季の約4ヶ月間は毎日のように雨が降り、陽が射すことはほとんどありません。今年は、これまでにも省都トゥイホアでも道路が水に浸かることが何度かあり、昨年と比較しても雨量が多いとは感じていたのですが、呆れるほど降り続く連日の雨に、ついに町の多くの地域が冠水してしまいました。市場・鉄道・国道・商店と、町の多くの機能がマヒし、私の住居やワークショップの会場となったチルドレンズ・パレス前もひざ上まで水に浸かってしまい、外出もままなりません。

チルドレンズ・パレス近くの交差点
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同交差点
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それでも、停電も断水も、こちらでは日常的にあるせいか、人々は割合淡々と対処していたのが印象的でした。(あるいは、日本で時折起きるような、堤防が決壊したり、ダムの放流による被害などと違い、ジワジワと水位が上がってゆくので、人々はパニックにならず対処できるのかもしれません。)

これ以上は深くて進めない
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雨脚が弱まる頃を見計らって、ワークショップでも中心になって動いてくれたヴァンさんと共に町の様子を見に外へ出ました。心配だったリーさんの家の一帯は水位が高く、途中までしか行けませんでしたが、災害用車両と舟が警戒に当たっていました。マンさんの家も近寄れませんでした。
町の人々によると、今回の洪水は93年に次ぐ大きさだということで、トゥイホアの町の浸水被害は02年以来だそうです。
結局2日ほどで水は引き、今ではほぼ元の生活に戻っていますが、今回の水害でトゥイホアの町でも死亡者が1名出たようです。被害の大きかった山岳地方では復旧活動が今も続けられています。心配していたリーさんは後日元気な姿を見せてくれました。マンさんとは直接会ってはいませんが、こちらも大事には至らなかったようです。しかし、これを書いている11月22日現在、台風7号が接近しておりまだしばらくは警戒が必要です。
さらに現在、ハノイなど北部を中心にコレラや急性下痢症が多発しています。フーイエン省でも似たような症状が出ており、これにも連日の雨、湿気による雑菌増殖と大きな繋がりがあります。
人々は衛生面に気を使い、生野菜等を控えるようにしていますが、こうなると、屋台など普段路上で飲食店を構えるする人たちが真っ先にあおりを食います。ただでさえ雨季は収入が少ないのに、こういった災害や病気などの影響をすぐに受けるのは貧しい人々です。ベトナムを語るときに言われる「貧富の格差」と言う言葉を、毎日通う屋台から足が遠のいている自分自身の行動に改めて実感しています。
ワークショップの参加者にも路上で商売をしている家族がいます。相当の苦労があるはずなのですが、笑顔を絶やさず明るく振舞う姿にかえってこちらが励まされる思いです。これ以上大きな被害が出ないよう祈るばかりです。
ベトナム・フーイエン省 チルドレンズ・パレス 塚田尚三 2007/11/22

浸水地点(この先に市場)
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臨時路上市場(少し先が浸水開始地点と元の市場) |
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ベトナム学校事情 11/20UP
ベトナムの学校制度は小学校・基礎中学校・普通中学校とに分かれていて5年・4年・3年制を採用しています。普通中学校は高校に当ります。一般的に小学校へは6歳に入学し、普通中学を18歳で卒業すること、総年数12年間学校へ通う事は日本と変わりません。
現在は学校の数に対して子供の人数が多いためか、戦後日本のベビーブームの時ように午前の部と午後の部の2部制に分かれています。地域差は多少ありますが、始業時間は午前の部に通う生徒はおおむね7時前後から授業が始まり、午後の部は13時前後から授業が始まります。
そして、ベトナムの子供たちは年10ヶ月間の授業を受け、年度初めは9月となりますが、地域によっては気候や自然現象の影響で年度初めの時期が多少異なる場所もあるようで、始業式の日程が数日前に分かることもあるようです。
就学率は高く、初等教育の就学率は男子91%、女子97%(2001~2005年の統計)、それに伴い識字率も統計上では80~97%といわれています。私が2年間ベトナムの南部地域に暮らしていた時には、実際のところその数値に首を傾げたくなる話はよく耳にしました。例えば学校に1年でも通えばそれが統計に反映される場合も多々あるとか。それに字の書けない人にも度々出会いました。普通に学校に通えていない子供たちが思いのほか多く居るという印象を受けたことも多々あります。
普通中学校卒業後の学校に関しても少し触れます。
日本のように4年制大学のほかには短大や専門学校などがあります。総合大学から、専門的なことを学ぶ大学まで、専門学校では最近はパソコン技術を学ぶ学校が人気なようです。
都市から離れた地域や農村地域に暮らす子供たちが都市部の学校に入学すると、学生は大学の寄宿舎に入るか、親類の家に下宿したり友人と一緒に部屋を借り共同生活するという生活が一般的なようです。寄宿舎の場合は4~6人一部屋で、男子寮・女子寮に分かれており、時に男子学生が女子寮に侵入したのがバレると、罰金を払わないといけないのだそうです。
下宿をすると食費、下宿費、学費、それ以外にも都市部の物価とその周辺地域や農村地域の物価は倍近く異なることもあり、こういった物価の違いが学生の生活、都市部で学校に通う事の大変さを物語っていると思います。
橋口秀実 2007/11/20
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<写真ワークショップ第一部 四日目 2007年8月16日> 12/2UP
朝、集合時間の7時半になっても譲二さんが来ません。部屋へ様子を見にいくと、朝食を食べたあと部屋に入ろうとしたら、部屋に鍵を忘れたままドアを閉めてしまい、ドアを開けられなくなってしまったのです。
慌ててフロントに合鍵を頼みますが、なんとフロントには合鍵がないということ。結局ホテルのマダムが鍵屋さんを呼び、ドアノブを含めて鍵を交換するしか方法はなくなってしまいました。まったく間抜けです。そこまでは待っていられないので、譲二さんを残し、私たちは先にチルドレンズ・パレスへ向かいました。
あとで聞いたところによると、鍵はズボンのポケットに入っていたそうです。まったくまったく間抜けです。
今日はワークショップの最終日。まずあがってきたばかりの前日の写真を並べて、それを見たあとで3日分の写真と混ぜ、いよいよ展覧会のための最終的なセレクトに入ります。
橋口「写真というのは、組み立て方で見え方が変わってきます。自分の写真を一生懸命見て、組み立て方を考えよう」
・ロックは3日目も安定した自分の世界を撮っていました。ものを象徴的にとらえる視線が独特です。しかも写真の選び方をなんとなく会得したらしく、自分なりに取捨選択ができていました。
橋口「ロックの写真を見て、みんなはどんなことを感じますか?」
ミン「ものの撮り方の角度が人と違っていて面白い」
ロン「光のとらえ方が違う」
チャウ「ものを象徴的な撮り方をしている」
ユォン「ロック君の特別な見方を感じる」
橋口「みんながいまいってくれたようなこと、それを個性と呼びます。個性は心の中にあるもの。ロックは他の人と同じ教会やお寺に行っているけど、ただそれを撮るのではなく、それのどこに惹かれたかを撮っている。そしてロックは撮ったものを、ちゃんと選んで捨てている。写真は撮るのももちろん大切ですが、選んで組み立てる編集作業も大切なことなんです。
ここで色んな意見が出たので、せっかくだからもう少し話を続けよう。今日は午後からアルバム作りに入りますが、アルバムを作る理由は何だと思いますか?」
マン「初めて写真を撮った記念にします」
チャウ「自分らしさを見せたい」
ロン「個性を見せたい」
リー「世界を見る目が一人一人違うことを見せたい」
ミン「一人一人の物語、思いを見せたい」
ハー「自分らしく世界を見ていることを見せたい」
チャン「いくつか理由があります。一、自分で3日間何を撮ったかを見せること。二、3日間で何を感じ、何に気づいたか、また気づいていないこともたくさんあるということを確認する。三、友達のアルバムを見て勉強する」
ヴゥ「みんなでアルバムを見せあって意見交換をする」
ユォン「みんなの個性を写真を通じて確認する」
橋口「みんながいってくれたことの他に、もう一つ理由があります。これから作るアルバムは、いま現在の君が見て、感じた世界です。14歳の時にいいと思ったことが、経験をつんで年齢を重ねていく中で、変わっていくかもしれない。でもその年齢に自分が大切だと思っていたことを、アルバムがあれば、あとで確認できる。あの頃の自分はこんなことを考えていたのか、あとで見返すことができます。だから手元に置いておいてほしいと思います。この3日間、友達とわいわいしないで、一人でゆっくり街を歩いてみてほしいといったのはそういうことです。
ロックは、12歳でこんな個性のある写真を撮れてすごいと思います。でも、それができなかった人も、焦る必要はありません。それが出てくる時が必ずある。考えながら努力をしていたら、いつか自分の世界が出てきます。ロックはたまたま、いまそれが出たということ。12歳で出てくる人もあれば、30歳で出てくる人もある。心は競争じゃない。だから焦ったり、嫉妬したりすることもない。うまく撮れたとか、下手だったとか、そんなことはちっとも思う必要はありません。
じゃあもう一回、自分の写真を見直してみよう」
・マンは、前日の写真より一昨日の写真のほうが気持ちが自由なようでした。
マン「昨日は自分の家の近くを撮りました」
橋口「昨日とおとといの写真の違いを、自分で見てどう思う?」
マン「一日目のほうが気に入っています。二日目の写真は嫌い」
橋口「どうしてかな」
マン「最初の日は、初めてカメラを持って嬉しかったから、気持ちがいっぱいあった。昨日はそうでもなかった」
橋口「好きとか嫌いとかいう前に、自分が撮った写真なのだから、その中から物語を作ってみよう」
マン「うまく写っていないけど、本当は人に興味があります」
橋口「自分の暮らしの周りを撮ってくださいといったから、それに縛られて窮屈になっちゃったかな。一日目の写真は、空に夢を探しているように見える」
・リーは二日間と同じ距離感で、遠景の写真を多く撮っていました。
橋口「リーはこの距離感が個性なんだな。ものを見た時、近づこうとはあまり思わないですか?」
リー「近くに行ったら、きれいじゃないと感じるから」
橋口「リーは思いきって、国道一号線の世界で物語を作ってみたらどうだろう?」
・ミンは2日間とは打って変わって、自分の家の庭だけの物語を撮っていました。
橋口「昨日は何を意識して撮りましたか?
ミン「うちの庭の物語、です」
橋口「これはこれで文学的で、とてもいい。ミンは前の写真もよかったから、これは選ぶのが大変そうだ。自分で選んでみますか?」
ミン「自分で選びます」

次第に私語も減っていきました
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左からロック、ハン、ダット
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・橋口「ロンはたくさん撮れているから、3日分を混ぜてから選ぼう」
ロン「好きな写真がたくさんあるから、選ぶのが難しいです」
橋口「捨てるものがないほどよいからこそ、もっと捨てる。そうすればもっとよくなる」
・ヴァンは前日と同じく、強く社会を意識した写真を撮っていました。あとで聞いたところによるとヴァンのお母さんは、ごみ捨て場からまだ使えるものを拾い、それを売って生計を立てているということでした。そんなお母さんの境遇を知っているからこそ、社会の底辺で生きる人々に対する共感を強く持っているのかもしれません。
ただ昨日は途中でふたを開けてしまったらしく、光が入って半分以上の写真がだめになっていました。「もっといい写真がたくさんあったんです」と、ヴァンは涙ぐんでいました。
橋口「でもヴァンは2日間で十分に写真が撮れているから、気を落とすことはないよ。
みんな、ちょっと集まって。ロックは自分の世界を撮っていましたが、ヴァンは社会を撮っている。日本の人たちは、自分の生活がよければ、大変な人たちの存在をすぐ忘れてしまう。ヴァンの作品は、そういうことを思い出させてくれるから大切なことだと思います。好きなもの、きれいなものを撮る写真もあるけれど、見た人に気づきを与えていくことも、写真の大切な仕事です。写真は楽しい、きれい、だけではないということを、みんなにも覚えていてほしい」
・ヴィ(12)は、3日目の写真をすでに自分で選び、3日間の写真を混ぜて物語を作り始めていました。
「これを自分で選んだんだからえらい。たいしたものだ。ヴィは自分で最後まで組み立ててみよう」
・昨日、カメラを家に持ち帰ったハンは、ぐっと濃厚な写真が増えていました。近くに暮らす牛や食卓に置かれた野菜、猫やにわとりなど、身の周りの愛おしい存在がちりばめられていました。ハンのお父さんは、農村で獣医をしているそうです。
「写真に深みが出てきたね。ほとんど捨てるものがない。写真には、ハンのように多くて伝わるものもあれば、タンやダットのように、少なくしぼることでイメージがより際立つものもある。どんなことを伝えたいかによって、数もまた変わってくるんです」
・前日、フォトジェニックな写真で私たちを驚かせたトゥは、昨日は少し様式美にこだわりすぎてしまったようでした。
「写真っていうのは難しいね。トゥの写真がよかったのは、予期せぬものが偶然写っていたから。それを意識した瞬間に、写真はつまらなくなってしまう。一昨日までと昨日の写真をよく見て、もう一度考えてみよう」
・3日間の写真を前にして、ただ何も選んでいないのはチャウでした。生徒たちの写真を回りながら、ちらちらチャウの様子を気にしていましたが、選び方がわからず、途中で放棄してしまったようです。
「選び方が難しいのはよくわかる。でも他の子たちは、一生懸命自分で選ぼうとしているよ。チャウは気持ちがどんどん飛んでいって、一か所にとどまれないみたいだ。もっと長く静かに一つのことを見たり考えたりする訓練をしよう。一生懸命考えた結果、選べない子のセレクションは手伝うけど、選ぼうとしない子のセレクションは手伝わない。自分で撮った写真なのだから、最後まで責任を持とう」
・チャンは、昨日は市場の写真を撮ってきました。
橋口「市場という、日常の中で見慣れたテーマを撮ってきたのはチャン一人だ。展覧会は、市場の写真にしぼってみたらどうだろう?」
チャン「自分の物語があるので、できれば市場と混ぜたいです」
橋口「ふだん見慣れているものに目を向けた人は他にはいない。見過ごしがちな日常をきれいに見せるのも大切なこと。3日間の写真を一緒に見て、よく考えてみよう」
午後はいよいよ実際のアルバム作りに入ります。(2007/12/2 by星野)

スタッフの昼寝も、日に日に深くなっていきました
(画面中央は通訳のヤンさん)
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いつも一人、少し離れたところで昼寝をしていた秀実くん
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<写真ワークショップ第一部 四日目 2007年8月16日 午後> 12/24UP
展覧会用の写真の最終的なセレクションが終わった生徒から、アルバム作りにとりかかりました。まだセレクションが終わっていない生徒は、引き続き自分選びに苦しみます。
少々実務的な話になりますが、展覧会用のセレクションは記録のためにデジカメで撮影していきます。今回生徒はフィルムカメラを使用しているため、アルバム制作の作業に入ると、写真はすべて生徒に渡し、生徒がアルバムに貼るか、貼らない写真は持ち帰ります。そして展覧会用の写真はあらたに再プリントをするわけです。
生徒がアルバムを完成させて持ち帰ったあと、私たちの手元に写真は残らず、ネガだけが残ります。そのため、セレクション画像をきちんと手元に残しておかないと、あとのネガ出しが大変な作業になってしまうのです。今日は宿へ帰ったらスタッフにはネガ出し作業が待っています。

美穂さんの手、譲二さんの足(写真はフック)
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美穂さんの手、星野の足(写真はトゥオン)
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●展覧会用セレクションとアルバムの違い●
展覧会用セレクションとアルバムの違いについて、少々触れておきたいと思います。
展覧会というのは、ワークショップを通じてどのようなことを自分自身が感じ、それをどのような形で表現したかを「公」に向けて発表する場です。またそれに加え、ひとりひとりの生徒のどのようなよさを伝えたいか、他の生徒とイメージが重ならないようにするにはどうしたらいいのか、全体としてのバランスも考える必要があるため、セレクションを手伝います。
しかしアルバムは、最終的に生徒が自分の手元に残すものです。いわば、「私」的な世界です。なので、タイトルからレイアウト、順番にいたるまで、すべて生徒ひとりひとりに任せます。
これまで行ってきたワークショップでは、時間が足りなかったり、材料を準備することができなかったりの理由で、完全に最後までアルバム作りを手伝えることがあまり多くありませんでした。今回は現地で手に入れられない場合を想定して、アルバムも日本から準備し、半日たっぷりアルバム作りにかけることができたため、ここまで到達できたのです。ワークショップもまた、試行錯誤の連続と日進月歩です。
聞いたところによると、数々のNGO組織がインドやアジア諸国でアートワークショップや写真ワークショップを行っていますが、多くの場合、主催者側がその成果(作品やアルバムなど)を持ち帰ってしまい、生徒の手元に何も残らないことが多いそうです。参加者の心や手元に何が残るかより、主催者が「何をしたか」という成果を重要視しているからだと思います。今回もワークショップを始めた頃、生徒から「撮った写真は最後はどうなるのですか?」という質問が上がりました。
「最後はみんなに渡します。アルバムも大切に持ち帰ってください」
そういうと、生徒たちから喜びとも驚きともつかない歓声が沸きあがりました。それだけ、持ち帰れることが意外だったということなのでしょう。
ワークショップは数日間で終わってしまいます。あくまで一過性のものです。その短い時間で感じた発見や感情の揺れはもちろん大切ですが、台風のような時間が過ぎ去ってひとりになった時、アルバムを見返しながら自分と向き合うこと――、その静かな時間も大切だと私たちは考えています。
アルバム作りにも生徒ひとりひとりの個性がよく表れていました。いきなり糊をつけて貼り始めてしまう人もいれば、まずは1ページ1ページの写真を載せ、組み立てをああでもない、こうでもないと組み立てを考えてから貼り始める人もいます。
橋口「いきなり貼り始める前によく考えて。タイトルや名前はどこに入れるのかな。貼りたい写真を最初から貼っていくと、ページが足りなくなってしまうよ。展覧会とはまた違って、アルバムにも見せ方がある。よく考えて貼るようにしてみよう」

几帳面に余白を測るユォン(左)とダット(右) |

みんな写真の扱いが丁寧です |

ヴィ(12)
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タオ
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・午前中、市場の写真と私的な物語の写真のどちらを展覧会に展示するかで迷っていたチャンは、アルバムではその二つの世界の違いを踏まえた上でレイアウトを作っていました。
・トゥイホアの街を表現した世界と、庭の物語の二つの世界を撮っていたミンも、前半と後半で別々のレイアウトを作りました。
・写真をわざと斜めに貼っていたのはロック、ヴァン、フイでした。いずれも印象的な写真を撮っていた生徒でした。
橋口「どうして写真を斜めに貼ったの?」
ヴァン「見た目に独特な印象になるからです」
ロック「そのほうが個性的に見えると思ったからです」
橋口「とてももったいないと思う。いい写真というのはそれだけで十分個性的だから、ストレートに展示したほうがよさがよく伝わります。斜めに貼ったりレイアウトで小細工をしたりすると、見る人がそれに気をとられて写真まで気持ちがいかないと思う。写真家でもよくそういう人がいますが、それは自分の見た世界に自信がないから、見た目でごまかそうとしているんだ。みんないい世界を持っているんだから、自信を持ってストレートに表現することを勧めます」
作業をする生徒たちの間を練り歩き、アルバムを見ていると、ハーのところで足が止まりました。ハーは前半に展覧会用セレクションを並べたあと、後半にセレクションから洩れた写真の中から自分で選んで貼っていたのですが、その後半のページがとても印象的なのです。
橋口「これは自分で選んだの?」
ハー「そうです」
橋口「驚いた。こんないい世界があったのに、見逃していた。ごめんね、君が選んだ写真のほうが素晴らしいね。展覧会はこちらでいきませんか? どうですか?」
ハー「はい」
一生懸命生徒たちの写真を見ているつもりでも、ふとしたことで見逃したりしてしまうこともあります。ハーはセレクションから洩れた写真から諦めずに写真を組み立てたことで、私たちの目を見開かせてくれたのでした。

誇らしげにアルバムを見せるハー
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自分のアルバムが終わったヴァンは
タオを手伝っていました
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ヴィ(14)のアルバムは面白かったです。アルバムを表からめくるとポエティックな私小説風なアルバムなのですが、裏からめくるとがらりと赴きが変わり、瀧澤さんの写真ばかりが並んでいるのです。いわば、一冊で二度おいしいアルバムです。
ヴィ「このアルバムは私の宝物です」
ヴィが枕元にこのアルバムを置き、毎晩嬉しそうに眺める様子が目に浮かびました。
だんだん日が傾き始めていました。アルバムができあがった生徒は我先にと興奮気味にアルバムを見せに来てくれます。生徒の作ったアルバムはひとつひとつゆっくり見たいし、生徒の作ったタイトルも知りたいし、感想も聞きたいし、最後にみんなで記念写真も撮りたいのに、これではとうてい時間が足りそうにありません。私たちはここで作業を分担し、塚田さんには生徒ひとりひとりを回り、つけたタイトルを調べてもらいました。
ところが一つ難題が生じました。ベトナムでは何か大事な場面で装飾的な文字を書くことが一般的だそうで、美しい筆記体を書けることを求められるのだそうです(日本や中国でいうところの習字のようなものではないかと想像します)。生徒たちは大切なアルバムに装飾的な筆記体の文字でタイトルを書き始めました。ベトナム語がわからない私には絵のように見えましたが、ベトナム語がわかる塚田さんにも判読が難しいのです。チルドレンズ・パレスの方たちまで動員し、タイトルの判読に大忙しでした。

タイトルを書くロックを見つめるマン
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生徒のタイトルを聞いて回る塚田さん(左)
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アルバムを見せるミン、順番を待つロック
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「がんばった甲斐があったじゃないか」
といわれて照れるタン
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アルバムを見せるヴゥだけでなく、
譲二さんも通訳のヤンさんも楽しそう
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ヴァンがタイトルページに書いた詩を朗読する
秀実くん(後ろはマン、ハー、ヴァン)
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アルバム作りを終えた生徒たちは友達と見せっこしたり、自分のタイトルの日本語で知りたがったり、だんだん騒然とした雰囲気になってきました。そして誰かがタイトルページに日本側スタッフのサインをもらった途端、生徒たちがスタッフのサインを欲しがり、さながらサイン会の様相を呈し始めました。
ベトナムではこういう場合にサインを書きあったりすることはよくあることのようです。しかし最後に自分や友達のアルバムと向き合う静かな時間を持ってほしいという私たちとしては、この騒然とした雰囲気はあまり望ましいものとはいえません。「ほら、サインもらう前に自分の作品と向き合おう」と注意してはみますが、今回は私たち自前のスタッフ以外にも関わっている人が多いため、なかなかこちら側のコントロールを効かせきれません。最後はちょっと残念な騒がしさになってしまいました。反省です。
そうこうしているうちに終了時間の5時を過ぎてしまいました。本当は各自にワークショップに参加した感想を聞きたかったのですが、その時間はもうありそうにありません。
橋口「最後はちょっとバタバタになってしまいました。ひとりひとりにワークショップに参加した感想を聞きたかったけれど、その時間がなくなってしまいました。感想は展覧会の時に尋ねることにします。
最後はお祭りみたいになってしまいましたが、興奮から覚めたら、アルバムをひとりで静かに眺め、このワークショップのことを振り返ってみてください。その時間がとても大切です。
8月23日には展示をします。その時また全員ここに集まってください。4日間、本当にありがとう」
チルドレンズ・パレスの方たちも呼び、一同会して外の階段のところで全員集合し、記念撮影をしました。カメラマンの福田さんがその様子をテレビカメラで映しています。そして解散したところで、デジカメで記念写真を撮り忘れたことに気づきました。なので写真ワークショップ第一部の記念写真をここでお見せすることができません。最後の最後に間抜けをしてしまいました。(2007/12/24 by 星野)

写真ワークショップ第一部の集合写真
(ネガ写真からスキャンしました)
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生徒たちのアルバム
作品タイトル
| 名前 |
タイトル(原題) |
タイトル(日本語訳) |
| ユォン |
Thế Giới Trong Mắt Em
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目の中の世界 |
| ヴァン |
Nhịp Điệu Cuốc Sống
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生活のメロディー |
| ダット |
Việt Nam Đất Nước con Người
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ベトナムの人 |
| トー・ハー |
Quê Tôi MY VILLAGE
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私の村 |
| ロック |
Vẻ Đẹp Bí Ẩn
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神秘的な美しさ |
| ロン |
Ấn Tượng Hành Trình
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印象の過程 |
| トゥオン |
Bức Tranh Thiên Nhiên
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自然の絵 |
| ハン |
Quê Em Bảy Sắc
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七色のふるさと |
| クック |
Sắc Màu Thời Gian
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時間の色 |
| タン |
Mùa Hè Xanh
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青い夏 |
| フイ |
MY VIEW MY THOUGHT
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私の視点 私の考え |
| ヴゥ |
Tâm Hồn Con Người Việt Nam
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ベトナム人の心(魂) |
| フック |
Tôi Đi Tìm Tôi
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私を探しに(行く) |
| ホン・ヴゥ |
Một Thời Để Nhớ
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思い出 |
| リー |
Tôi của Tôi
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私の私 |
| ヴィ(14) |
Tonbo no Natsu
|
トンボの夏 |
| ハー |
Tự Nhiên
|
自然 |
| トゥ |
Không chỉ Một Lân
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一度きりじゃない |
| ヴィ(12) |
Không Để
|
無題 |
| チャン |
The Life
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生活 |
| チャウ |
My Sky
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私の空 |
| ミン |
People & Life, My
Garden
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人と生活、私の庭 |
| タオ |
Cội Nguồn
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起源 |
| マン |
Đối Lập
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コントラスト(反対) |
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Viet Nam General Information 12/29UP

●国土
ベトナムの北側には中国が、西側にはラオス、カンボジアが、そして東側は海に面しています。その面積は33km2と、日本の35km2とそれ程の差はありません。国の形は縦に長くS字型をしており、働き者のベトナム女性が天秤棒を担いでいる姿に例えられることもあります。首都であるハノイ市は、天秤棒を担いだ女性に例えると、ちょうど頭のあたりに位置しています。
●歴史
およそ1000年間に渡る中国支配の後にベトナムは独立しますが、その後も独立するために戦うことを続けてきた国です。1883年にフランスに植民地化され、その支配は戦争期間も含めると約70年間続きました。そしてフランスとの第一次インドシナ戦争に勝利した(1954年)喜びもつかの間、国が南北に分断されてしまいます。南北統一を目指して北と南との間で戦争が起き、1975年に南側の政府がおかれていたサイゴンが陥落するまでの15年間、戦いは続きました。終戦翌年に南北統一国家としてベトナム社会主義共和国が誕生します。しかしその後も、カンボジアとの武力衝突や中国との中越戦争と、近年まで戦争が絶えませんでした。
●人口、民族
ベトナムには現在約8,400万人(2006年)が暮しており、近年は毎年約100万人ずつ人口が増えているそうです。この100万人という数値は、「省1つ分の人口が増えている」計算になると表現されたりもしています。「省」は日本で言う「県」だと考えてください。54民族に分かれている多民族国家でもあり、その約90%はキン族と呼ばれ、残り約10%に53民族が含まれます。キン族以外の民族の多くは中部から北部にかけての山岳部に暮しており、中には民族独自の言葉を話す人たちもいますが、公用語はベトナム語です。
●宗教
宗教は仏教、キリスト教、そのほかにはカオダイ教といったベトナム独自の宗教もあります。カオダイ教は儒教・道教・仏教の教えを併せ持つ宗教であり、その寺院は観光名所としてツアーも組まれるほどです。
●体制
政治体制は社会主義です。
●経済
1986年、ドイモイ(刷新)政策により市場経済を導入しました。ドイモイ政策導入から22年経過し外資が続々と流入し、都市部やその周辺地域に目をやると今のベトナム経済は波に乗っている、そんな感じさえ受けます。しかし発展の過渡期ということも一つにあり、都市部と農村部との間では物質的に富める人々と、そうでない人々との差も大きくなってきています。
●気候
ベトナムの気候は、国土が南北に細長いことから北部と南部ではだいぶ異なります。北部には四季があり、南部は乾季と雨季に大別されています。ワークショップを行ったフーイエン省は中南部地域に位置しており、私たちのいた8月は乾季でした。乾季という言葉のごとく、雨は1滴も降らず日中は焦げてしまいそうなほどの日差しが照りつけていましたが、とても澄んだ青空が広がっています。
一方、フーイエン省よりもさらに南に位置するホーチミン市では、スチルムービーを行った8月下旬から9月上旬にはすでに雨季が訪れています。1日1回、バケツを一気にひっくり返したような雨が1~2時間降ります。降る前になると黒い雲で空が覆われ、そうなると街行く人の足取りやバイクを運転するスピードが途端に上がり、みな帰途を急ぎ始めます。ベトナムの雨季は、南から北へ向けて北上してゆきます。
●フーイエン省(Phu Yen)
フーイエン省の省都トゥイホアは首都ハノイから南に1200km、南部の経済都市ホーチミンからは北500kmに位置しており、海に面しています。ホーチミンからは飛行機で | |