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●ワークショップ報告
・2007年 ベトナム  トゥイホア写真WS(第1部) トゥイホア写真W(第2部)
・2004年 インド   ヴァラナシ写真WS ヴァラナシ絵画WS 
            レー絵画WS デリー展覧会
・2003年 ドイツ   アウグスブルグ
・2002年 インド   ウッラール・ウパナガル ヴィシャカパトナム 
            デリー ヴァラナシ
APOCC近況 バックナンバー02 (2004年3月〜2004年10月) 
2004/10/15
インド・ワークショップ2004の写真集と画集が完成しました。レイアウト、印刷、製本作業にいたるまで、すべてスタッフの手で制作されました。インドから戻ったあともずっと作業が続き、つい先日完成しました。本の内容はいずれ紹介することとして、とりいそぎ外観をご紹介します。


左が写真集、右が画集
表紙の布はインドの市場で買いました

画集より
(Sonam Dorjey 14歳 Leh)

写真集より
(Munna1 17歳 Varanasi)

写真集より
(Munna1 17歳 Varanasi)


2004/10/9

橋口より
最後デリーで絵と写真の展覧会を開きましたが、これは国際交流基金のデリー事務所が、僕らのアートワークを通じて生まれる何かを信じ、公のギャラリーを前もって押さえて下さっていたので、お蔭様で皆の作品を天候に左右されないところで展示することができました。でもこの展示も実はハラハラものでした。ラダックからの飛行機が予定通り飛ばなかったこともあり、僕らが子どもたちの作品を持って会場についたのは展覧会のオープニング4時間前です。会場で待っていてくださった基金事務所の人達も、ふだんはノンビリした感じのかたたちですが、さすがにあせりの表情が全身からにじみ出ていて、少し緊張した気配がガランとした会場にただよっていました。ですが、そこは橋口組の凄いところで、三時間で会場を作り上げてしまい、しかも昨年夏のドイツの時と異なり、一度ホテルに服を着替えに帰る余裕すらありました。ホテルで服を着替えて(実はこの時、僕は人前に着て出る服がなく、スタッフの一人がお土産用にヴアラナシで買った服を借りました。)会場にに戻ると、すでに会場に入りきれないほどたくさんの人達が見えていて、そんな人ごみの中を、僕らは何事もなかったかのように、待ち構えていた二台のTVカメラの前に立ち、会場に見えてくださった方たちとともに、子ども達の作品と改めて向かい合う喜びを得ました。

僕は先にアートワークを通じて生まれる何かと書きましたが、アートワークの成果っていったい何なのでしょうか?何を持って成功、不成功と判断するのでしょうか?

子どもたちがカメラで撮った世界やクレヨンや絵の具を使い描いてくれた世界もそうだし、スタッフが睡眠を削り、仕上げた写真集や画集も眼で見える成果といっていいと思います。ですが僕はあえて成果を探すとすると、もっと他のところにあるような気がします。

以前「対話の教室」の中で、人が生きようと思う感情こそがアートであり、芸術だと僕は自分の考えを述べましたが、デリーの基金事務所が僕らのアートワークを通して生まれる何かを見たい、デリーのほかの人達に観てもらいたいと準備して待ってくださるその気持ちも僕は成果の一つだと思います。

ヴァラナシでもそうでした。アートワークを試みたコミュニティーの人達全員が僕らを歓迎してくれていたわけではなく、中には当然快く思っていない人もいます。僕らの知らないところではもちろんのこと、僕らの目の前で何かと因縁をつけてくる人がいました。ある時は、普段温厚な杉本さんが、怒りで身体を震わせながら僕らのアートワークの為に戦ってくれたました。僕らはアートワークが終われば日本に帰る身ですが、杉本さんはこの地で生きようと決めている人です。そしてある時は、アートワークのさなかに因縁をつけに来た酔っ払いがいましたが、ワークショップに参加していた一人がそのケンカを買ってでて外に連れだし、授業のさまたげにならないようにしてくれました。

ラダックでもそうでした。子ども達の絵を二日間レーの中心にあるお寺の境内で展示をしましたが、ソナムさんは二日間とも展示している間中立ちっぱなしで、絵の展示を観に来た人達の対応してくださいました。学校が休みになった二日目は、校長先生が同じように朝から最終時間までずっと僕らと一緒にいてくださり、そしてワークショップに参加した少年が僕ら全員に労いのキャンデーをくれるのです。そして最後は校長先生も生徒も一緒に絵の片付けを手伝ってくださいました。

僕がなにをいいたいかと言うと、このアートワークに関わる事でこうして個々の中に生まれた感情こそが僕は最大の成果だと思うのです。

そして何よりの成果は、アートワークが終わった後、ヴァラナシの昼間から博打をやっている大人たちから杉本さんに「アキオ、また学校を始めてくれないか?」という声があがったことです。自分の子ども達が絵を書いている姿を見て、親として何とかしてあげたいという自然な感情がそう言わせたのだと思います。

僕はそのことを杉本さんから伝え知らされた時、静かに心のなかでガッツポーズをしていました。コミュニティーの中から自然に生まれでた感情こそ、僕らにとって最高の喜びであり、なによりの財産だと思うからです。これでAPOCCも実に自然な流れで次のステージに移れると思いました。

杉本さんと相談した結果、APOCCと杉本さんと力を合わせて、お寺を借りてまず寺子屋を始める事になりました。資金面をAPOCCが責任を持ち、寺子屋の管理運営を杉本さんが引き受けることになりました。寺子屋ではまず普通の読み書きから始めるわけですが、僕の理想は、日本からたくさんヴァラナシに旅行に出かける人達が寺子屋を手伝うことで、インド社会や文化を知り、いずれは自分を知る手がかりになればいいなと僕は思います。そしてせっかくなので、新たに始める寺子屋はアートに特色を待たせられたらと考えています。絵ごころのある人だけが、絵を教えるのではなく、子どもたちの感情の発露を手伝う。真面目に長期で寺子屋に関わってくれるアーチストには、BHU(ヴァラナシ・ヒンドゥー大学)の留学生寮を使わせてもらえるように話もまとめて来ました。杉本さんの中にはまず寺小屋があり、そしていずれは学校にしてゆきたいとのことです。(寺子屋の件は近い内に杉本さんからも何かあると思います)

僕はこのあとしばらく欧州に出かけますが、APOCCはインドのヴァラナシで寺子屋を手伝うことになりました。そして寺子屋の運営費を捻出する為にAPOCCのエコバックを販売してゆきたいと考えています。詳細はおってホームペ−ジで紹介してゆくことになります。

とりあえずインドでのアートワークが終わり次のAPOCCの指標をお伝えしました。

そうだ、来春になりますがこれまでのアートワークの報告展をかねた展覧会の準備にも入りました。

その折には、僕も一時帰国します。



2004/10/5

橋口より
先の星野の報告でも触れましたが、今度のアートワークでは新聞、TV、ラジオが複数回にわたって僕らのアートワークを取り上げてくれました。TVやラジオのインタビューを受けていた生徒は勿論のこと、他の参加者の表情が日に日に豊かになり,誇らしげな佇まいに変化していったのが、彼らが作り上げた作品以上にとても印象深く僕の心の中に焼き付いています。おそらく初めて、社会が彼ら一人一人の声に耳を傾けてくれたことが自信に繋がったのだと思います。それにインドの楽しいとことろは、「橋口譲二のアートワークに俺は参加したんだ」というニセモノがすぐ出現したことです。楽しいです。

僕や星野の顔が電波で流れたことで、ガンジス河で沐浴中の人に合掌されたり、対行車線を走るオートリキシャが(車線なんて、もともとないのですが、一応僕ら外国人には分からないルールがあるようです)突然僕らにぶつかるようにとまり、「お前らを見たぞ」と声をかけて来たリ、飛行場のセキュリティーの人からは「インドのために有難う」と感謝の声をかけられました。「インドの為にありがとう」という言葉は取材に来たメディアの人達も最後に必ず口にしていました。

僕らの試みが受け入れられた理由はいくつかあると思います。インドでのアートワークが3回目ということも大きな理由の一つだと思いますが、そのこと以上に僕らの試みが、インド社会やその街で暮らす人々の心にリアルに響いたのだと思います。インドには世界中からいろんな文化ミッションがやってきますが、表現は特別な人達のものだけではなく、どんな人の中にも喜びがあり、その喜びを探す手伝いを僕らはしに来ました、というシンプルな主張が分かりやすくインドの人達の心の扉をたたいたのだと思います。本当にタフなアートワークでしたが、楽しいというより、嬉しいこともたくさんありました。アートワークのドキュメントは少しづつ星野が報告すると思いますがここで少しだけ触れたいとおもいます。



2004/9/29

橋口より
気付いたら虫が鳴き始めていました。。今年は夏が終わらないのではないかと思うほど暑い日がつづいていただけに長袖を着るのが嬉しい季節になってくれました。駐車場にある柿の実も色づきはじめています。秋ですよ。

インドでのアートワークの疲れがとれないまま駆け足でベルリン、ブタペストの二都市を交流使の打ち合わせでまわってきました。打ち合わせの中で特に興味深かかったのが、東欧で活動しているアーチスト達でした。社会体制が変化してゆくなかでの作家の生き方や表現のありよう、彼らの作品や人となりに少し触れられたことで、東欧での僕の役割や入り口がみつかった気がします。

さてインドでのアートワークは本当に疲れました。と同時に無事に帰国できて本当に良かったと安堵しています。それほど今回はタフなアートワークでした。連日40度を越す熱波と富士山と同じ高度での絵のアートワーク。試みる僕らも始めてなら、絵の授業のない子供や先生たちにとっても初めての体験。そしてスタッフ同士の人間関係。すべてが初めてづくしのアートワークでしたが、インドで僕らをサポートしてくださった杉本さんと、杉本さんに日本語をならった生徒さんに、ソナムさんと、今度で3度目ということもあり彼らが僕の意図とを良く理解しててくださってたことが、過酷な環境のなかでも一つの成果が残せたのではないかと思っています。

勿論日本から参加したスタッフの努力もあります。ただ個々の気持ちとは関係無く、誰かが毎日倒れていました。正直なところどの現場も満足にスタッフがそろったことはありませんでした。でも遊んでいて倒れたわけではないので倒れて現場にいない人の部分を互いに補いあっての一ヶ月でした。帰国してから一ヶ月以上が過ぎましたが、芸大組はまだ写真集や画集の制作にとりくんでくれています。対価の伴わない作業にもかかわらず、彼らはインドの子供たちの作品と人格を守るために努力してくれています。ほめてあげてください。

このような活動をしていると、必ずどこからか「あいつは欺瞞だ」という声が聞こえてきますが、欺瞞で連日夜中の2時3時まで作業ができるものではありません。少し考えればわかることですが悲しいことです。それにアートワークそのものは一ヶ月かもしれませんが、その前後にある膨大な作業の量。あたりまえのことですがどれひとつとして手はぬけないし、はしょれない作業の連続です。好き嫌いに関係無くやらなければいけないアートワークに必要な時間と労力です。

とかく目の前の仕事を好き嫌いでかたずける人が多い中でアートワークのスタッフには、あたりまえのこととはいえ、感謝しています。



2004/8/7
●長らく音信普通でご心配おかけしましたが、インドでの1か月間のワークショップを終え、8月2日、メンバー8名全員無事に帰国しました。

●前にお伝えしていた通り、今回は従来の写真ワークショップに加え、絵画ワークショップを初めて試みました。またメンバーが製本技術を持っていたため、参加した生徒たちの写真集、画集も作成しました(こちらは現在も進行中)。写真ワークショップは、国内外でかれこれ5回目となるため、比較的安定した感じで進みましたが、絵画ワークショップは私たち自身も初めての試みだったため、色々反省点や改善点も見つかりました。しかし写真ワークショップも、一度目で今の形に到達したわけではありませんから、反省や改善を積み重ねていこうと思います。

●APOCC会員の濱崎淳子さんに文房具、飯田真理子さんに子供服、宮坂幸雄さんに画材をご提供いただきました。この場をお借りしてお礼申し上げます。

●今回はインドで3度目ということもあり、現地メディアの反応がとてもよく、各地で新聞やテレビの取材を受けました。デリーでの展覧会では、インドの国営放送「ドゥールダルシャン」が取材に入り、開催直後の朝と8月5日夕方のEvening Showで番組が放映されました。



2004/6/3
インドで絵画ワークショップを行うにあたり、画材の寄付を募っていましたが、希望する数をぺんてるさんよりご協賛いただけることになりました。ご協力いただき、どうもありがとうございました。

また国際交流基金から助成を受けられたため、昨年ドイツ・ワークショップに参加した伊藤さん、宮坂さんの渡航費・宿泊費はAPOCCで援助することにいたしました。この場をお借りして、協賛各社・団体、APOCC会員の皆様にお礼申し上げます。

ヴァラナシでのワークショップをコーディネートして下さる杉本さんより、スンダルバギヤ学校の写真が届きました。




絵画ワークショップについてはこちら


また例によりまして、今回も若干古着を持って行くことを考えていますが、前回にも増して今回は機材や資材が大量になりそうで、どれだけ自分たちで持ち込めるかわかりません。もしこの夏休み、インドへ旅行をする計画のある方は、ぜひこちらまでご一報下さい。


2004/5/21
●昨年のアウグスブルグ・ワークショップに参加し、4月から社会人となった井上あゆみさんからの便りが届きました。井上さんは現在、京都の料亭で修業をしています。こちら


2004/4/14
APOCCの年度末収支報告と、ドイツでのワークショップ報告書が出来上がりました。会員の皆さんには、順次郵送しますので、もうしばらくお待ち下さい。


2004/3/11
2000年、2002年のインドでのワークショップでお世話になった、ヴァラナシ在住の杉本昭男さんからのお便りが届きました。

2002年度のインド・ワークショップの際、みなさんに古着と文房具を送ってくださるようお願いしたことを覚えておいででしょうか? 古着は私たちが想像していた以上にたくさん集まり、巨大な布製バッグ6個分にもなりました。日本出国の際、大量の機材と古着でかなりのオーバーチャージを課せられることになり、3個は持ち込んだのですが、残りの3個は東京で保管していました。
(古着は
ウッラール・ウパナガルとデリー、文房具はウッラール・ウパナガルとヴィシャカパトナムの人たちに直接手渡ししました。詳しくはそれぞれの報告をご覧ください)

杉本さんに今年のお正月、東京で再会した時、東京に残っている古着のことを相談したところ、「持てる分だけ喜んで持って行きましょう」と快諾してくださいました。以下のお便りは、杉本さんからのご報告です。

 そろそろ日本も寒さが緩んできたころと思います。こちらは夏の始まりを告げるホーリーのお祭りを終え、インドらしい日差しが戻ってきました。
 日本を出る前にお預かりした古着は、一部はデリーからバラナシへ向かう列車の中であった物乞いの人たちにあげました。残りは、知人がバラナシで出店を出して売りさばいてくれましたので、その売上金を利用して巨大な釜でインド風おかゆ「キチャリー」を作ってもらって路上生活者の人たちに食べてもらいました。
 施しをする人が、手間賃を支払ってキチャリーを作ってもらって配る、そんなことがごく普通にあるから、キチャリー作りの商売もなりたつのです。「施し」(こう書くとなんだか偉ぶった感じがしますが)ということが、ごく自然に行われるというのは、この国の素敵な一面です。 
 それでは、また。





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