会員の皆さんのメッセージをご紹介するページです。
APOCCは会員の皆さんにご支援いただきながら活動しておりますが、このコーナーは皆さん一人一人の顔が見えて来るような、日常を語る場になればと思い新しくもうけました。メッセージを寄せていただける方はぜひこちらまでご連絡ください。
|
東京都 / 中村桂子さん / 2009年8月1日
橋口さんのことを知ったのは多分10代の終わりで、
20歳になった記念に当時角川から出ていた「17歳」を買いました。
17歳のその後を追ったテレビ番組も未だに鮮明に覚えているシーンがあります。
その後、わたしはタテタカコというアーティストと出会いました。
橋口さんとタテさんのコラボレーションが発表された時は、
驚き、そして非常に嬉しくありました。
1年前お話ししたのは、タテタカコさんのライブ会場でのことでした。
まさか橋口さんとお話しできる日がくるとは思っておらず
非常に感激したのを今でもはっきり覚えています。
私事ですが、
学生時代の奨学金をようやく返済し終わることができ、
それを期に何か新しいことをはじめようと考えていました。
わたしの根底には、子どもたちの未来につながることをしたい、という思いがあります。
APOCCのサポーターしかないなと思いました。
微々たる金額ですが、
続けていこうと思っています。
続けるということで、
私自身をひきしめていこうと思っています。
千葉県 / 鈴木あやさん / 2009年2月28日
こんにちは。
10月18日、ベトナムワークショップの写真展を見に横浜に行きました。会場に入ってからはまず、ビデオで流しっぱなしになっていたニュース23で放送されたワークショップの様子を始めから終わりまで見ました。びっくりしたのはただの「モノ」や「ヒト」を撮っていた人達が、橋口さんの少しのアドバイスで自分を吹き込んだ写真を撮るようになって、その写真がいきなり私の心をとらえる写真に変わっていったことでした。「対話の教室」で、インドのバンガロールの人達が撮った写真を見た時にも強く、思ったことだけれど、どうしてそれまでカメラになじみの少ない人達が、こんなにも私の心をとらえる写真を撮ることが出来るんだろう?と、ビデオを見ながらも思いました。
その謎を抱えたまま、ベトナムの人達が撮った写真を一枚一枚くいいるように見て廻りました。会場に着いた時間が早かったのでゆっくり、ゆっくり写真を見て、廻り終わった時には体が嬉しさでとても気持ち良く、この嬉しさはいったいなんなんだろう?この嬉しさにベトナムやインドの人達が私の心をとらえる写真を撮った理由が含まれているんじゃないか?と考えてみました。それで、家に帰ってからも畑仕事をしながらも、何日も写真展を見たことで味わった嬉しさについて考えてみたところ、「あの写真展を見ているあいだ、私は可能性を否定される気分を味わわなかった」とゆうところにいきつきました。可能性を否定しない、とゆうのは信じるとゆうことだと思います。信じられる、とゆうことの解放感を私は横浜の会場で味わったわけで、それは気持ちがいいよなぁ!と納得しました。
人に信じられると、一人になっても自分を信じることが出来るようになると思うし、自分を信じることが出来ると、目の前には「自由」が広がると思います。だからあの時、APOCCの写真展で、誰の前にも広がる「自由」を写真とゆう形で見ることで、自分を信じることが出来れば私の前にも「自由」が広がっているんだ!と一人一人の人の前に広がっている「自由」に圧倒されて、それが嬉しくて気持ち良かったのでした。
私は今のところ干し芋も干しているし、焼き芋も焼いているし、漬け物も漬けているし、桃色の夕暮れを畑で眺めているけれど、でもこつこつやりたいことは一杯あるので、ぼうっとすることや、たくさん眠ることも含めて一日を、一年を、一生分の時間をやりたいことでぎゅうぎゅう詰めにしていこう。
それが私の「自由」への向き合い方だな、とうなずけるのもAPOCCの写真展へ出かけたからで、遠くの世界のことと思って部屋にこもるより、一歩でも外へ出た方が面白いな!とそんなことを感じた写真展になりました。
ではまた。
静岡県 / 佐野美智江さん / 2008年12月6日
季節は初冬を迎え、日ごとに寒さが増してゆくのを感じます。
富士山の四季の投稿、冷や汗をかきつつなんとか最後の秋になりました。
これは夏と同じように、我が家の裏の畑道からズームして撮りました。紅葉した山肌が夕日に染まって、今まさに太陽が沈もうとしているところです。
この1年近く、いつも富士山を気にして見つめ続けてきましたが、じっと見つめていると心が浄化され、厳しさや優しさといった精神性も感じられてきます。霊峰富士と謳われ、宗教の拠点が麓に集まってくるのも頷けます。これからも私は、きっと朝に夕に富士山を見上げ、この地に暮らせる幸せを感謝しながら、残り少なくなった人生を生きてゆくのでしょう。
庭の片隅にハーブ畑と菜園を作っていますが、なにしろ老夫婦ふたりですから、トマト、ナス、ピーマン、しし唐、各1本。あとは、にら、エシャレット、茗荷、青じそなどです。それでも毎朝、籠を持って庭に出て収穫する喜びは、とてもとても大きくてこの幸せも外せません。
千葉県 / 鈴木あやさん / 2008年10月25日
こんにちは。
APOCCのホームページ、見ています。ベトナムの様子をずっと見させて頂きました。一区切りついた様ですね。APOCCのスタッフの方々は大変だったと思いますが私は林の中にある図書館で、パソコンを通じて遠くベトナムの人達の写真や様子に体が震えたりしていました。一人一人の、写真が違うこと。その一人一人の写真が(私の目にするものとして)穏やかな生活のものであること、それだけで美しいものに触れた気分で一杯でした。
私の畑のほうはとゆうとツクツクボーシやミンミンゼミの鳴き声に囲まれて、おでこの汗をシャツのソデでぬぐう程暑くても、見上げれば空は高いし、時折吹く風は涼しいし、コオロギはそこいらで鳴いているしで秋になりました。
夏にまいた人参は大きくなってこんもりとしたパセリのようになっています。毎日間引きをしているのだけれど、ぜんぜん終わらないので「あせってもしょうがないよ、コツコツやってけばそのうち終わるんだからさー」と、ダンナと言い合ってずいぶん経ちました。間引き、いつ終わるんだろ・・・と内心どきどきしっぱなしです。
里芋の大きい葉っぱの下は日影となって真っ暗で、おかげで草がそんなにはびこらないのでほっとしています。あとは土の中の芋にじんわりと育ってもらうばかりです。さつま芋、う~ん、ためし掘りではきれいな肌ではあるけれど小さいのが少ししかついていないようでした。でも私としては量より質、とにかく肌が荒れている野菜をたくさん収穫するよりは、少しの量でもきれいな野菜を収穫する方がずっといいので、きれいな野菜だといいなぁと願っています。
あとは大根の種をまきました。今回初めて一粒まきにして、パイプを立てて、上にカンレイシャ(目の細い布みたいなもの)をかけました。
これで何事もなければ間引きも、シンクイムシ取りも(つまようじで一匹一匹つぶしてゆくので根気がいるし目もくたびれる)しなくていいのです。どうか無事!成長して!と体で叫ぶような想いです。
家庭菜園では夏野菜が次々に終わってゆき、新しく白菜の種をまきました。夕方6時にもなると辺りはすっかり暗くなるので仕事を切り上げて家へ帰ると、庭中に秋の虫達の鳴き声が響いていて、その響き声が体に当たるようです。夜ごはんにはかぼちゃと豚肉を煮たのを食べたりして、秋がすっかり気持ちよく、毎晩ぐうぐうよく眠れます。
ではまた!
(2008年9月16日)
神奈川県 / 芦田恵美さん / 2008年10月18日
APOCC事務局さま ご無沙汰しています。先日、ベトナムのワークショップの展示を見に行きました。横浜、秦野から近くてよかったです。きれいに、プリントされた、ベトナムのみんなの写真、うれしかったです。ホームぺージにあった、笑顔の人たちの写真、ベトナムの青い空と海、そして、ひとりひとりの瑞々しい命の形がまた、少しせまってきました。なんだか、うれしくなって、キリンのビアホールに帰りにたまたま有ったので、ビールをいっぱいだけ飲んで帰りました。
地方の巡回をお考えだとのこと、うれしいです。このAPOCCの活動をヒントに色々と日本、それだけでなく、世界の若い人のことをもっと考えてほしいですね。勇気づけられて、自分たちのできることで関わろうと思う人が増えるといいと思います。今、現実に中高生を育てている感覚で、若い人の居場所がせばまっているなあと感じます。特に、豊かな山河があるというのに、居場所がないのは、自然に救われて来た私にとっては切ないことです。
では、では、又。
静岡県 / 佐野美智江さん / 2008年9月14日
冬と春の富士山を見ていただいて、さて夏の富士山をと思っておりましたら、PCが故障し投稿できない状態が続き、季節はあっという間に初秋になってしまいました。
富士山は、例年梅雨期が長引くと7月は雲がまとわりついて、地元にいてもなかなか全容を見ることができません。そして8月、カメラ片手に富士山を仰ぎ見るときは、いつも台風の余波で雨雲に覆われたり山頂では季節はずれの雹まで降って、いまだかつて見たことのない、まるで初冬のような姿に驚かされたりしました。地球の温暖化が叫ばれて久しいですが、世界規模で自然現象に異常が起きているのをまざまざと目のあたりにして、不安が募りました。
アップさせて頂いた写真は、9月1日の早朝6時ころのものですが、まだまだ残暑が厳しいせいか、夏らしい姿をしています。夏はこのように、よく見つめないと空の中に溶け込んでしまいそうに、淡い青色をしていてとても美しく、私は大好きでいつまでもぼ~っと眺めていたくなります。これから、山肌の木々が紅葉し、秋の深まりと共に富士山は深い色合いを、濃く染め上げてゆき、秋の空にくっきりとした姿を浮かび上がらせます。
では、富士山の四季、次は最後の秋ですので、よい写真をご覧いただけるように頑張ります。
千葉県 / 鈴木あやさん / 2008年8月10日
夏が、始まったばかりだとゆうのに、暑いですね。これからもっと暑くなるのかと思うと何かでこの夏を乗り切らなければやってられない、と毎年思うことを今年も思いました。確かトマト煮込みを毎晩たらふく食べて乗り切った年もあったし、オレンジジュースをがぶ飲みして乗り切った年もあったけれど、今年はきゅうりのぬか漬け、これで乗り切れるような気がしています。そんなわけでぬか床にきゅうりをせっせと漬け込んでいる日々を送っています。
夏は、苦手です・・・。夏は苦手ですが夏野菜は大好きで、家庭菜園ではカボチャにオクラ、モロヘイヤにツルムラサキ、きゅうりににがうり、中玉小玉トマトにシソにバジルにナスにスイカ、ピーマンにしょうがとこまごまとですが、いろいろ作っています。
畑では里芋の葉っぱはうさぎが隠れられるくらい大きくなって、さつま芋の葉っぱは畑をどんどん覆っていっています。そして梅雨の最後にいい雨が降ったので梅雨明けと同時に人参の種をまきました。人参の芽が緑の線になって畑をうめつくしている景色を見ることが出来るのは一週間後くらいの予定です。
あとは毎日草を取ってばかりいます。草いっぱいだった畑が、草を取ったぶんだけすっきりとしてゆくのを見ると「私が草を取ったからこんなにも畑がすっきりしたんだ」と胸を張れるのでとても気分が良く、だから草取りは好きです。でもそんな草取りをずっと、ずっと続けているとある日突然急に涙が流れてきてその涙で「あたし、草取りに疲れた」と気付くのです。それまでにだって草取りに疲れていたことにくらい気付いていても、太陽が出ている日は畑に出る、そうゆう体になっているので少しくらい疲れていても体が休もうとしてくれないのです。ただ、涙が流れた日は特別で、どんなに太陽が輝いていようともその日の仕事は終わりにして海へ行きます。車で田んぼの中を30分走ると海が広がっていて、何故か砂浜では人を乗せた馬が走っていたりします。海とたわむれる人や、遠く遠くまで見える海岸線を眺めたり、深呼吸をしたりしているうちに体がシオでべたついてきたら帰るのですが、その時には気分はだいぶすっきりしています。私は草取りの、この涙が流れるのを待っているところがあります。働いて、疲れたら涙が流れて、そしたら休んで海へ行くなんて夏ならではの極楽だと思う。
夏が苦手な私にも、夏にしか味わえない極楽がちゃんとあるなんてこれからもやってゆけそうです。なにを?生きてくってことをです。
では、また!
追伸:達筆さんの、初めて橋口さんの本を読んだ時の話しをとても興味深く読ませて頂きました。写真展、出来ますよう願っています。ちなみに私にとって初めての橋口さんの本はそれぞれの時の文庫本で、14年前のことになります。19歳だった・・・。
(2008年7月23日)
千葉県 / 鈴木あやさん / 2008年6月22日
こんにちは。
畑にいたらほきょきょ!とほととぎすの初鳴きが聞こえてきたので「目に青葉、山ほととぎす
初がつお」とつぶやくとその途端に青葉の緑が、ほととぎすの鳴き声が、爽やかに体に飛び込んできて新しい季節の幕開けにわくわくしました。
畑では大根の収穫が半分近く終わったところです。期待通りの大きくて真っ白な大根が出来たので休憩時間には「出来の良い大根畑」を何をするでもなく眺め続けています。いろんなことが良い結果となって出たことを喜べる、とても幸福な時間なのでいつまでも眺め続けていたいのですがそれでは仕事が終わらないので手に持った麦茶を飲み干したら次の仕事に移っています。
ところで大根がたくさんとれる今、うちで食べているおかずとゆえばおでんです。毎日土鍋でぐつぐつと、コンニャクがある日はコンニャクを入れて、チクワがある日はチクワを入れて、なんにもない日は大根とだし用のコンブと干ししいたけだけで煮て、くる日もくる日もおでんばかりを食べています。飽きてもおいしいからかまいません。大根の収穫が終わる6月初め頃まで、うちのおかずはずっとおでんの予定です。
話は元に戻って、人参はとゆうとやっと大きくなって間引きも終わりました。大きくなるのか心配もしていますが小さめでもちゃんと成長してくれれば、と願っているところです。
里芋は重い土をのけて芽が出始めました。まだ芽が出ていないところの土をかぱっとはずすと、ちゃんと芽が出ていてかわいいものです。
さつま芋も苗を切っては畑に植えにいっています。あんなに緑に広がっていた麦畑は黄金色に輝きだしました。
トンボが辺りを飛び始め、蒼みを帯びた灰色のオオタカが滑るように飛んでゆきます。
買ったままで冷凍庫に入りっ放しになっているかつおのたたきを食べ終わる頃には、また新しい季節の幕が開けているのかもしれません。
なんてゆっていないで、早く食べなければっ。おでんだけじゃなくて・・・。では、また!
(2008年5月27日)
大阪府 / 須川栄司さん / 2008年6月7日
はじめまして、大阪の須川と申します。
橋口さんと私の関係は、私からの一方的な一読者としてのラブコールですが、時々橋口さんからいろいろな頼みごとをお願いされたりする関係でもあります。
橋口さんと私の出会いは、最初は20年以上前に大学生だった頃に「ベルリン物語」を本屋さんで購入したことに始まります。なぜ買ったのかは今となっては覚えていませんが、立ち読みした後にレジに向かっていました。その後「まゆみさん物語」も買い、私の中に橋口譲二さんの名前が残るようになりました。好きな写真集「動物園」もそのころ購入しました。
その後社会人になってから私が写真を勉強しているときに、あつかましくも写真を見てほしいと連絡させていただいたことがあります。その時は「時間がないからダメ」と言われましたが。その後何度かFAXを送ることがありました。そのせいか、なぜか「たっぴつ(達筆)君」という愛称で呼ばれていたようです。結局それから何年かしてから青山ブックセンターで写真を見てもらうことができました。結婚することになった私は、大船の鎌倉芸術館(ですよね)で開催されていた作品展に行きました。結婚前に嫁になる人(当時藤沢市在住)と一緒に橋口さんに会おうと思っていたのですが、残念なことに橋口さんは会場にいらっしゃいませんでした。一通り作品を見て帰ろうかという時に、受付の人に呼び止められました。「橋口は今食事に行っています。まもなく帰ってくると思いますが」と言われました。そういうことを言われたのは、おそらく私たちだけと思います。もちろん私たちは受付の人に橋口さんに会いたい旨を話していたわけではなかったのですが、たぶん作品を見てるときの話し声が大きかったんだと思っています。その時の受付のお姉さんにとても感謝しています。
私たちも食事に行き、再び美術館に戻り橋口さんに会うことができました。その時にまた私はあつかましくもお願いをしました。「写真撮ってくれませんか」。私たちの無謀なお願いにも橋口さんは「
いいよ」と、橋口さんの二眼レフのカメラで撮ってくれました。その写真は披露宴の際に受付に並べさせていただき、もちろん私たちの家宝になりました。そこには、二人の気持ちがまっすぐ橋口さんに向かっています。
新婚旅行でパリに旅する予定だった私たちは、パリの空港で橋口さんと会えるかもしれないという絶妙のタイミングの旅程でした。が 、妻のおなかの中に娘ができたので、新婚旅行は中止になりました。あれからもう9年。娘も小学3年になりました。
そんな橋口さんと私の関係です。これからも微力ながらずうーっと応援させていただきたいと思っています。今後ともよろしくお願いします。
追記)橋口さんについて、私のブログで記事にしたことがあるのですが、そこから発展して「関西で橋口さんの写真展を実現したい会 」(仮称)という会を一応二人で立ち上げるつもりです。9年ほど前の應典院でのあの写真展(「職 1991~1995 Work」)以後、関西では写真展を開催されていないはずで、橋口さんの人と向き合う写真の力をより多くの人に知ってほしいという思いがあります。って何をするかって?まぁ、それは今後の課題ということで。
千葉県 / 鈴木あやさん / 2008年5月10日
こんにちは。
つぐみはいつまでこの辺にいてくれるんだろ、なんてことが気になりだしていたら夜、だんなが外からおーい!と呼ぶのでいってみると庭にクビキリギリスのジーーィとゆう音色が響いていてその虫の音に耳をすましているとどちらともなく「もう夏だねー」とつぶやいていました。もう、夏!?セーター着て、コタツ入って、ストーブをつける日さえあるってゆうのに夏だなんて、おかしい。だけれど虫の音色が庭に響けばあたりは澄みきり気分はたしかに夏を掴んでいるのです。
畑では大根の葉っぱがビニールトンネルの中一杯に広がり、その葉っぱの下をかがんでのぞき込めばぽろぽろとした土をところどころにつけたまま、白い大根が頭を出し始めていて、その白さとゆったらあまりに白い!のでいつまで見続けていても見飽きるとゆうことはないのだけれど、でもそのままじゃあ仕事が終わらないので大根の、その白さにそっと触れてから名残おしいけれど次の仕事に移っています。
そして人参は、とゆうと線のような葉っぱからちょびちょびの葉っぱが出てきて、その形のまま少しずーつなのでちょっと心配なのですが原因もわかっていてやれることはやっているので見守っているところです。さつま芋の苗はぐんぐん育っていて、人さし指位の長さの深緑と紅紫の葉っぱがにょーきにょき出ています。あとは里芋の種芋をうえました。里芋の、お尻にしか見えない頭の方を上にして、芽が出ているかを確かめてから、思いきり土にめり込ませて、その上から土もたくさんかけます。里芋は味も好きだけれど、あの、カエルが雨やどりしそーな葉っぱの形や、その葉っぱにたまるまん丸の露も好き、です。見上げればカエデの紅い葉っぱが日に透けて眩しくもうそろそろ、気分だけじゃなくて夏が近づいてきてるなーと、キジの声(ケンケーン!)に耳を澄ますこの頃です。ではまた!
(2008年4月15日)
千葉県 / 鈴木あやさん / 2008年4月26日 (後編)
(前編のつづき)
その大根の隣で作っているのが人参で、この人参もまたビニールトンネルの中で作っているのだけれど、まだ小さく、頼りない線の様な芽が小指の半分位の大きさにまでなったところで、大きくなれ!と念じているところです。
これがもう少し大きくなってくると今度は、きれーに大きくなれ!と念じ始めます。大根はもうその段階に入っていて私は、体の底から、きれーで大きい大根になって欲しくてうずうずしています。せっかく育てているのだから大きく育って欲しい、と願うのは当然にしてもその上に更に私はきれーな野菜が、大好きなのです。B品もC品もおいしいし、大体売る用の野菜で採りたてなのにおいしくない野菜なんて作ったことがない、と思っている私にとってはおいしい野菜を作ることは出来るものだ、でもきれーな野菜を作るのは簡単なことではないなぁ!と思っていて、だからきれーな野菜には強く憧れています。だってきれーな野菜ってほんときれーで、ダンボールの中にA品のきれーな野菜がぴかぴかと並んでいる姿、これはもうその辺の空気が透明になる様な輝きがある、ですよ。私はいつも、ダンボールにA品を並べ終わってガムテープでクチを閉じる前に、中を覗いてはその輝きに見とれる・・・とゆうことをくり返していて(もちろん作業は遅れる一方)その位に、きれーな野菜は人をとりこにさせる美しい輝きで満ちているのです・・・。うっとり。いいよね、きれーな野菜。
と、ゆうわけで私は今日もカブを走らせ畑へ向かい、大根の間をぐるぐる歩きまわってはきれーに大きくなれっ!と、そして私をうっとりさせておくれーっ!と、体中で念じているところです。その効果が表われたかどーかが判るのは5月に入ってからです。(と、ゆいつつ念じはあんま関係ないように思う。やっぱ技術!だよなぁ。勉強!だわ・・・)
さてはてどんな大根に育つのか、楽しみな今日この頃です。この間はカブト虫の幼虫が土からゴロンゴロン出てきたし、さつま芋の苗も朱い芽を出してきたし、春が一気に力をつけてきたので、そんな春を見るにつけ「おー、おー」と喜んでいる私です。この文を読んでいる人は、どんな春を見ているのでしょうか?では、また!
千葉県 / 鈴木あやさん / 2008年4月22日 (前編)
こんにちは。
私の住んでいるところではコブシが咲き、スズラン水仙が咲きニラバナが次から次に咲いています。桜も。チューリップも咲いている、そんな春真っ只中をカブを走らせて畑へと向う私は「農薬も肥料も使わない畑仕事のやり方で暮らしたいんだぁー」とゆう夫に「わぁ、がんばれー、私には何も出来ないけど、フレーフレー」などとゆっていたらいつの間にか10年が経ち、今では畑仕事で暮らしているとゆう、そして私もしっかり手伝うとゆう、そんな33歳です。
畑で今作っているのは大根と人参で、あとは家の前でさつま芋の苗と自家用野菜の苗を作っているところです。大根は収穫の時期をずらすために種を順々にまいていったので、始めにまいたのは私の手の平を広げたのより二まわりは大きい葉っぱになっているんだけれど(それでも、大根のあの、食べる白い根っこの部分はまだ見えない)遅くにまいたのはまだ私の手の平を広げた位の大きさです。この大根はビニールトンネルの中で作っているので中の温度を熱すぎず寒すぎずにするために、朝にはスソを上げ(センタクバサミで止めている)夕方にはスソを下げているのですが、それでも太陽が急にカーッと照ったり、灰色の雲が急に空を覆ってそのまま灰色の空になったりした時などはその度にカブを飛ばして畑に向い、その時の状況に合わせてビニールトンネルのスソを上げたり下げたりしています。
この大根のビニールトンネルのスソの上げ下げを全部やるのに始めから終わりまで一人で大体1時間、二人で三十分かかります。うちは私と夫の二人で仕事をしているので一人でこの作業をやることも多く(畑は4ヶ所に離れているのでもう一人は別の畑へ行っていることも多いのです)、しかも私は昔から天気との相性が悪く!この大根のビニールトンネルのスソの上げ下げも例外ではなく、あんまり太陽が照っているからと必死でスソをガバガバと上げてまわっての一時間後、やっと全部のスソを上げ終わったと肩で息をしているところに今度は急に灰色の雲がやって来て・・・温度計は見る間に15℃も下がって、やだもーっと口にしながらまたスソを下げまくること一時間、なんてこともままあります。(つづく)
静岡県 / 佐野美智江さん / 2008年4月14日
お正月に富士山の写真を投稿させていただいて、今度は春の富士山をお届けしたいと思い、お花見がてらに撮って見ました。
撮って見ましたら、冬から春へと季節は確実に変化しているのに、富士山の姿はそれほど変わっていないのが、意外でした。春にしては、いつもより冠雪の多いのがその原因と思われますが、多分数日前に下界に降った多量の雨が、富士山では雪になったからでしょう。でも、富士山を囲む自然界は、春爛漫。。。。
日本の春は、ほんとうに美しいですね。日本列島が、桜色に染まってしまうようなイメージで、桜があちこちで開花してゆき、人々はお花見に浮かれ、しばし楽しい夢を見る。。。。テレビで各地のお花見風景を見ていると、この平和なひとときがとても嬉しくて、ついにこにこしてしまいます。
富士山周辺は、まだまだ自然が大事に保護されていますので、麓に暮らしている人たちは、春に桜を愛で、秋には紅葉狩りを楽しむ習慣が、今でもとても大切にされています。
兵庫県 / 津畑順子さん / 2008年3月14日
今年の冬
今年になってよく雪がふる。昨年3月に幼稚園を退職した。通勤はバイクだったので、今年は部屋の窓から眺めていられるのが嬉しい。
毎日子ども達と散歩に出かけることもなくなった。木や花を見たり、近くの川べりを歩き、四季の移り変りを一緒に感じていたのだが。楽しい散歩は事故とは紙一重、大きな事故もなく仕事を辞められたことは、感謝としかいいようがない。二十数年前の親御さん達は大らかで、川に靴を流したとか、ちょっとしたことにめくじらをたてる人はいなかった。今時ならどうだろう。保育する方も対応を先に考えるかも知れない。お母さん方もはっきり意見を言う人が増え話し合いはしやすい。私がお母さん方の親御さんの年になり相談を受ける事も多かった。内容は以前とあまり変わらないが。
数年前、卒園したお母さんから、小学校で学習障害といわれたと相談を受けた。やんちゃで、行動に歯止めがききにくいところはあったが、担任した頃、お母さんから離れずらいので、私がおんぶするとかじりついていたり、お話をすると集中して聞いていた。担任する子どもが少人数で、わらべうたをとり入れた保育をしていたので、子どもと向合う時間が充分にとれる、子ども一人一人がよく見える、そんな職場だったので、楽しい保育だったと思う。人数の多い小学校に行くと、型紙からはみ出す子は、うまくゆかないのだろうか。遠方に引っ越して、今は中学生だが、どうしているだろう。何かと、抱っこをしたような不安定だった子ども達が今も気にかかっている。今年は職場の創立30年の集まりをするという。なつかしい顔に幾人かでも、会えるだろうか。
お正月に小学校時代の同級生十数人と会った。担任して下さった先生のお元気なうちにと、卒業50年ということだった。私は父が高校の教師だったので、父の転勤で、転校を何回かしたが、一緒に卒業した人達が一番なつかしい。下町の地域で、あの頃は、皆貧しかった。家業が新聞販売店で、配達の若い人達が住み込んでいたり、私の家は、食べるものに困ることはなかった。ある日、同じクラスの女の子のセーターがひどく破れているのを見て、新しいのを買うことはできないお家だろうと思った私は、「縫えば」と、その子に言った。大きな目でまっすぐに見ながら、「糸の買えない生活はあなたには、わからない」とその子は答えた。私は顔を上げられず、謝った。私の鈍感さは昔からである。同級生に、その人は北朝鮮に帰ったらしい、と聞かされた。久しぶりに会った友人達は立派になり、やさしかった。私は彼女のつきつけたものを、少しでも、それからに活かせたのだろうか。子ども達を、大事に育てられたのかな、と思う冬である。
千葉県 / 鈴木あやさん / 2008年3月2日
ここのところ毎日が砂嵐です。畑から帰って来ると顔がタヌキになっていて笑います。
でも空は青く、風は冷たく、梅は甘く爽やかで気持ちがいいです。空から鳴き声が降って来て見上げるとひばりが飛んでいます。春です。この勢いに乗って働こうと体中がムズムズします。私の季節が来たんですよ。
去年のベトナムでの活動をホームページで読みました。
いつも思うんだけれど写真てその人の目ですね。同じ様なものを撮っても全然違うそのあり様にいつも驚きます。あたりまえかもしれませんが皆違う世界を生きているということがわかってただ驚くんです・・・・・ダンナを大切にせねば・・・・本当に。
長く続けて欲しい活動です、そういう意味でずっとAPOCCの会員でいたいです。
兵庫県 / 津畑順子さん / 2008年2月29日
蠟梅の香ふりむけば叱声
傷ついた猫丸くなる葱畑
時雨いて母のショールにくるまれる
柚子一つ水屋において鍵しめる
静岡県 / 佐野美智江さん / 2008年1月29日
この、HPに『会員の声』のコーナーを開設して下さったのですね。数年前、ここの掲示板でよく書き込みさせて頂いたのを、懐かしく思い出しました。
私にとっては、なにしろあれがインターネットを通して書き込みをした、初体験でしたから、とても楽しい思い出として記憶に残っています。
こんなふうに会員同士の交流の場があると、APOCCの活動がより身近に感じられ自分まで参加させて頂いているかのように、わくわくした気持ちになってきます。
さて、今年のお正月は晴天に恵まれ、富士山があまり美しかったので、写真を1枚添付させて頂きました。
写真家、橋口さんのHPに写真を添付するなんて、なんて大それたことをして。。。と 我ながら気がひけますが、日本一の富士山に免じて、大目に見てくださいね。地元に住んでおりましても、このように雲ひとつない富士山を眺めることは難しくいつも、雲がまとわりついていたり、或いは雲の中にすっぽり隠れていたりが多いのです。
朝に夕べに霊峰富士を見上げつつ、夫とふたり平々凡々と暮らしておりますが、今年もこの地から、皆様のご活躍を心よりお祈りしています。
佐野美智江 2008/1/25
広島県 / 石川達也さん / 2007年12月9日
「酒になりたい!」
アートと酒には、共通項があると僕は思う。
どちらも、それがないと死んでしまうというような、人間の生存に必須のものではない、というところ。ただ、その存在なくしては、人間が人間であるための何かが欠けてしまう。この「どうしても必要だというものではない」ものこそが文化ではないだろうか。それから、アートも酒も、人と人をつなぐものである、というところ。それは、結果(作品、酒)が人をつなぐというだけでなく、過程(製作、酒造り)の中でも人とつながることができるということ。
つながるというのは、現実に会うことができる人とは限らない。僕は現在、江戸時代に確立した酒造りの手法に魅入られている。そんな大昔の伝統的手法を踏襲しようとすることは、すなわち、その時代の人と対話しようとすることである。その時代の精神に近づき、その知恵を学ぼうとしていたら、昔の人と感覚を共有できたと感じる(錯覚する?)ことがある。そんなとき、「ああ、自分は今、昔の人とつながっている」と思えるのだ。それはもちろん、江戸時代の人だけではなく、それ以前の人たち、それ以後現代にまで伝統を継承してきた人たちともつながったという感覚である。そして、そういう感覚をこれからの世代の人に伝えられたら、未来の人ともつながることができるはずだと考えている。
ところで、橋口譲二さんから学んだことに、“自分を消す”ということがある。アートの世界の人は、「自分を出してナンボ」なのかと思っていたので、橋口さんが「自分を消そうとしている」と言われたときには、とても驚き、「自分を消すことで、まぎれもない自分が出ることになる」という言葉には、目からウロコが落ちた。また、それはそのまま酒の造り手の姿勢とつながると感じた。そして、その後、「自分を消す」ことは、僕が酒を造る上での基本姿勢となっている。
結果としての酒には人が映る。しかし、だからといって自分を出そうとすれば、品のない駄酒になってしまう。現代は、科学の進歩もあって、自分が描いた設計図通りに酒を造ることができるようになった。でもそれは、酒造り本来のスタイルとは違う、と僕は感じている。
酒は人間だけのものではない。自然(米、水、気候、麹菌や酵母などの微生物たちなど)という相手がいるのである。この相手と相対していてはいけないということは、酒(造る対象としての)に教わった。「自然が相手」という感覚では、自分はこちら、自然はあちらであり、距離をいくら詰めようとも、自分は自然になれない。そうではなく、人間も自然と同化して、酒造りという自然のサイクルの中に入る必要がある。人間がいなければまともな酒はできないが、あくまで人間も自然の一要素、というスタンスが大事だと思う。
では、どうしたら自然の中に溶け込めるのかといえば、自然ではなくなった自分を消すしかないのだ。昔の人は、自分という個人的な感覚で酒を造っていたわけではない、と僕は確信している。酒を、作為を持って作るものではなく、手を尽くした上で自然から恵まれる、授かりものだととらえていたに違いない。自分という個人の感覚は消し、伝統を継承する造り手としての感覚で酒を造る。
しかし、逆説的だが、その結果としての酒からは、消したはずの造り手の何かが感じられるはずである。それができたときには、自然そのものである酒造りともつながることができたことになるのではないだろうか。理屈ではなく、感覚でつながる。それは、とてもエロティックな関係だ。そういう関係が結べるよう、色気(酒に対する)のある杜氏になりたいと思う。そしてアートも、人や物の中に入り込み、エロティックな関係をつくる営為のような気がするのだけれど、どうだろう?
今の時点でも、僕は酒造りと同化し、どこまでが本来の自分なのか、酒の造り手なのかは区別できなくなっている。何かを考えたり感じたりするとき、それが杜氏であるがゆえの思考や感覚なのか、元々の僕自身のものなのかわからないのだ。それでいいと思うし、それどころか、もっと酒と同化したい、酒になりたい!と願っている。
こちらの蔵では、いよいよ酒造りが始まりました。エロスにとり憑かれた杜氏としては、官能的な酒造りを心がけたいと思っています。
旧暦の予報によると、この冬は寒くなるそうです。みなさん、風邪など引かれないよう、お気をつけください。寒いときには、お燗酒で温まりましょう!(笑)。
では、今後ともよろしくお願い申し上げます。
竹鶴酒造株式会社 杜氏 石川達也 2007/11/13
埼玉県 / 伊藤綾子さん / 2005年7月31日
インドのワークショップ報告書ありがとうございました。
自分が小学生だった頃のことを思い出しながら、ゆっくり読ませていただきました。
報告書の中で、写真のワークショップに参加したグディヤさんが
「ワークショップに参加して何か自分の中で変わったことはありましたか」
という質問に
「変化がありました。いろんなものが、好きになりました」
と答えているのが印象的でした。
自分の身の回りにカメラを向けたことで、自分の好きなものを発見できた証拠ですね。
きっと、彼女だけでなくワークショップに参加した子ども達は、今度は自分の目で、
日々の生活の中から自分の好きなものを探していけるのではないかと感じました。
そして、報告書を読み終えて感じたことは、「このワークショップは多くの人の心が繋がってこそ成り立つのだな」ということでした。
APOCCのスタッフの方々はもちろんなのですが、現地のコーディネーターの方々や学校の先生、村の人達、そして、ワークショップに参加している子ども達。
ワークショップを通じて、皆の心がひとつになっていく様子が報告書から伝わって参りました。
60ページにも亘る報告書を作成するのは、とても大変だったと思いますが、
丁寧にまとめてくださったからこそ、私も報告書を通じて、インドの子ども達だけでなく、このワークショップに関わっている多くの方々の感情が変化していく過程を見ることができたのだと感じております。
私自身も、日々の生活の中で、APOCCの活動を通じて生まれた感情を大切にしていきたいと思います。
これから先もAPOCCの活動を通じて、人と人が繋がっていきますように。
応援しております。
岡山県 / 延谷幸子さん / 2005年7月7日
60ページにもおよぶ「ワークショップ2004」の報告書、ありがとうございました。
かみくだくように、何度も読み返しています。本当にお疲れ様でした。
ヴァラナシはじめ、たくさんの子どもたちが「次」を待っていますね。
短い期間のワークショップで、インドの子どもたちの表情が明るくなっていったことをうれしく思います。一方でカーストや女性の地位のこと、スタッフの皆さんの消耗ぶりを思うと、笑い泣きのような気持ちになります。
今回、最も印象に残ったのはレーのワークショップと絵画展の様子でした。
大人が本当の意味で子どものことを考えて行動する未来には、希望があります。
APOCCがヴァラナシの寺子屋から撤退する件もそうですが、子どものためのようで実は大人のためということが、とても多いと日頃感じているからです。
会費がAPOCCの活動の一端を支え、ワークショップがインドをはじめたくさんの子ども達や周りの大人たちに影響を与え、その様子が遠い日本にいる私の感情を動かし、考え方をも変えていくという循環に、静かな驚き覚えています。
PS
ラダックからいただいたハガキは、その心遣いがうれしくて、ずっとピンナプ
ボードに貼ってあります。
東京都 / 柳館久美子さん / 2005年7月4日
橋口さんの、写真によって表現する自由、自己を解放する自由を子どもたちに気づかせ、瞳に宿っていた絶望を希望の輝きに変えていく地道な活動に賛同しております。
インド・ドイツなどの子どもたちの心に蒔いた種が、すくすく育ってくれることを願ってやみません。
私も身近なところで、できることを活動していきます。
これからも、橋口さん、星野さんはじめ、APOCCのご活躍を応援しています。
東京都 / 鎌田淳子さん / 2005年6月11日
ワークショップの報告書、読ませていただきました。
私はわずかながらの寄付をしているだけですが、金額もある程度集まれば大きい事も出来るんだなと、報告書を読んで実感しました。
気持ちはあってもなかなか行動には移せないものです。
皆がやっている事って、本当に凄いんだなと思いました。
報告書で参加者の顔写真とアンケートがありますよね。
あれは凄くいいと思いました。
彼らが実際に写真を撮ったり、絵を描いたりしていたんだと、私も彼らに思いを寄せる事が出来るのです。
報告を読んで自分自身やはり恵まれすぎている環境のせいか、いささか驚く事もしばしばです。
でも彼らにとって本当に良い経験だと思います。
写真に関して言えば、私もそうやって教えてもらいたかったな~なんて思います。
これからも応援していきたいと思います。
宮城県 / 濵﨑淳子さん / 2005年 6月8日
(2004年インドワークショップ の際、文房具を寄付してくださいました)
インドワークショップの報告書をお届け下さいましてありがとうございました。
時間をかけてじっくりと読ませて頂きました。
そしてAPOCCの皆様のこのワークショップに対する献身的とも
言える取り組みに頭が下がる想いを致しました。
何と言ってもこの試みが、営利その他の風にさらされそうにな
っても、信念にブレを見せることなく守り通す姿勢に清々しい
ものを感じました。
当初個人的にはIT立国という顔も持つインドという場所でなくても・・・という思いもありましたが、今ではそういう国の枠に囚われていた自分の狭さを恥じています。
報告書の中に自分の名前があったのを見て消え入りたいような気持ちにもなりましたが、少しはお役に立てた部分もあったの
かとほっと致しました。
そして浜野さんと思しき方が写った写真を見て、よくぞこんな
華奢な身体で文房具やら衣類やらを運んで下さったと胸が熱く
なりました。
ありがとうございました。
振込用紙にも書きましたが、大切なのは継続することだと思います。
本当に微力ではありますが、これからも私の出来る範囲で応援させていただくつもりでおります。
神奈川県 / 船木俊輔さん / 2005年12月17日
いよいよ明日ご出発との事ですね。
ご活躍を影ながら応援させていただきます。
今回は”官費”でのお仕事と聞き、なんとも痛快な思いがしております。
およそ「文化交流」などという、形や数字になりにくいものにお金を使わない国だと思っておりました。
橋口さんが選出されるという事は、 どこかで神様が見ていて”ご褒美”をくれたのかもしれませんね。
ただ、”ご褒美”とはいえ、体力も気力もお使いになるシンドイ仕事だと思います。
交流は双方向 こちらの想いだけでは成り立ちませんでしょうし継続する事もまた必要なのだと思います。
お一人で何もかもやり遂げようなどとは思わずに「文化の種まき」をしに行くくらいのおつもりで、がんばりながら楽しんで・・・というのが良いのでは?とワタクシ、考えます。
あまり根をつめてお体など壊さないようくれぐれも御自愛ください
一年間というのは待つには長い期間ですが、土産話を楽しみに橋口さんのご活躍と無事のご帰国をお祈りいたしております。
埼玉県 / 伊藤綾子さん / 2004年12月5日
インドのワークショップの際にラダックから送っていただいた
お葉書、ありがとうございました。
「お礼のお手紙を出そう」と思いながらも随分と時間が過ぎてしまいました。
手書きの文字から、一枚一枚大切に書いてくださったスタッフの方々の思いが
伝わり、胸が熱くなりました。お葉書大切にしようと思っております。
また、新しく事務局のお仕事をされることになった浜野充代さんのお言葉からも
APOCCへの真摯な思いが伝わってまいりました。
ご自分の気持ちをきちんと伝えようとしている浜野さんは、
とても素敵だなと感じました。
私もAPOCCの未来を見ていけたらなと思っております。
広島県 / 吉川綾さん / 2004年5月20日
ドイツの子たちとのやりとりやスタッフの方の思いを読んでいて
鼻の奥がつんとするような、胸がくるしいような、
「いいなぁ」っていう気持ちをもちました。
とてもていねいな報告書をありがとうございました。
広島県 / 石川達也さん /2004年 5月14日 (写真集『職』に蔵人として登場)
報告書をお送りくださり、ありがとうございました。
私も、ただ消費されるだけでない酒を造りたいです。
神奈川県 / 武内絹子さん / 2004年5月4日
本日APOCCの報告書全部読ませていただきました。
封書が届いた時、心の根っこの部分は読みたくてしょうがないんだけど、
毎日毎日なんか追われて疲れて目がとんがってて、
鞄につっこんで電車で読もうと思っても、心がついていかないから、事務的になっちゃうから
先送りになってて、「一体わたしったらいつこれ読めるんだろう」って
そんな自分がまったくもって、、
で、そうだ!GWだ。ゆっくりして心が落ち着いてからだ!と思ってたら、
疲れが出たのかGWに入ったら病院行きなんて自分でびっくりのハプニングがあって、、
で、今日ようやくゆっくり読めました。
そんな自分にほっとしたりして。
それで何が言いたかったかっていうと、「どうもありがとう」です。
そういう時間やそういう心の自分が大切って気づかせていただいたでしょ、
彼方のティーンの存在でなんか世界がふっと広くなった感じでしょ、
APOCCの名簿見て、あ~、全国に縁あって結んだ人達がこんなにいるのだよねって思ったし。。
私、お金だけ送ってなんにもしてなくて申し訳ないなって気持ちあったんですよ。
それで、橋口さんが書いてらしたようにこれからのAPOCCとかお金の事とか
書きたい事もよくわかったです。難しいですよね。そういう事はなかなかね。
でも、なんか全然敬語とか使ってなくて申し訳ないんですけど、
素直に書いて表現してその時の自分で関わって、そういう時間をもつだけでもいいじゃん!
って思いました。完璧なんてないし、ね。
香港 / 高田由利香さん / 2004年4月30日
3日前に年度報告を受け取りました。
『対話の教室』も大好きですが、
あらためてこの報告書を読んで涙ぐんだ人は私だけではないのではないか・・・
というほど、いい報告書でした。
きっと自分が間接的に関われたからかな。
ほんとにありがとう。
ロンドン / 高階玲子さん / 2004年4月29日
ジョージさんたちの活動を見ていて、いつも、思うのですけれど、
そして、実現はとても難しいと思うのですけれど、
是非、やって頂きたいことの一つが、アメリカの子どもたちとの共同作業です。
アメリカの子どもたちに、世界のことを知って欲しい、
いろいろな人がいろいろな所で、いろいろな価値観のもとに住んでいるんだ、ということを、
体験を通して、わかって貰いたいのです。
インドの子どもたちの作品なんかも、見て貰いたいのです。
今のまま、アメリカで、今のように、世界のことを何も知らない大人たちが再生産されていく流れを、少しでも、変えたいのです。
|