| An Art Workshop "Experiencing Photography & Drawing " Project in India, 2004 Produced by Joji HASHIGUCHI & APOCC 2004年ワークショップ インド篇 2004/07/01〜08/01 参加スタッフからのレポート |
インド・ワークショップに参加して/浜野充代
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インドワークショップでの感想/松村久良 インドから帰国して数ヶ月が経ちました。途中自らの心身の不調によりリタイアしてしまった私ですが、インドでの感想を述べたいと思います。ワークショップ概要の中に【「表現する喜び」という、人間が生存していく上では必ずしも必要不可欠ではないかもしれませんが、それを得ることで自分の存在に尊厳を感じることができたり、感情が豊かになったり、苦しい日常の中で気持ちを自由に保つことができる、だれにも奪うことのできないとてつもなく大切な感情、ととらえています。】と書かれてあります。この意味が日を追うごとに自分の中で大きくなっています。私個人のことになりますが、事が思い通りに運ばない時、まわりの所為にしたり、笑いにして誤魔化したりして生きてきたと思います。会社員時代も休まず働くことが正しいと格好をつけお互いの休日の無さを誇示しあい、いつしか仕事を達成した時の充実感や喜びや誇りを忘れてしまい、結果に至るまでの様々な過程でのコミュニケーションが抜け落ち始めたことに気づかいまま社命をこなし予算を達成することだけを考えるようになっていました。体重の激減や不眠になっても原因を探ろうともせず、ただどの会社でもやっていることと片づけて、半ば自暴自棄に仕事を抱え込んでも笑っている自分がいました。その結果すべてが色あせて、喜び楽しみという正の感情はなくなり、怒りや不安といった負の感情しか沸いてこない毎日に耐えきれず、会社を辞めてしまいました。前述の「自分の存在に尊厳を感じる」「苦しい日常の中で気持ちを自由に保つことができる、だれにも奪うことのできないとてつもなく大切な感情」という言葉の持つ意味が、具体的にどういう状態の時の事なのか自分にはわかりませんでしたし、膨大な情報と規則正しくそして清潔に保たれている当たり前と思っていた生活の中でのことではなく、なにか遠くで起こっているような感じでした。また同じ概要の中で【表現するという「余剰」の日常を許されない子どもたちとその喜びを共有】ともありますが、自分が「余剰」の世界に浸っているという自覚すらも言葉上のものでしかありませんでした。 インドに到着した夜の気温43度のむせ返るような空気に驚き、道路にあふれる車、バイク、力車、歩く人たち、牛、山羊、犬、豚、鶏がいっしょに行き来していて、車線や信号といった日本での常識が通用しないことからはじまったあらゆる現実の衝撃に圧倒され続けました。 そんな自分の想像を超えたインドで、橋口さん星野さんと子供たちとの対話は始まりました。自己紹介から始まり子供たち一人ひとりに「あなたの名前を教えて下さい。」と真正面から包み込むような感じでゆっくりと問いかけをされていました。その子のことをゆっくりと聞きながらうなずき笑顔で受け入れながら記録をとっていくお二人を見ながら、私は最初この時間が持つ意味がわかりませんでした。子ども一人ひとりと交わされていく言葉のやりとりが、その子が囲まれている環境とその子自身の事を共に認め合い、確認いくということであることと感じ始めたのはもっと後のことです。今の自分にはそれがいかに大切なことか感じることができます。私は帰国後、精神科をたずねました。診察では同じ問いかけと共感から始まりました。「あなたの名前を教えて下さい。」「あなたの生い立ちをゆっくり聞かせて下さい。」と。すこしずつですが私は自分を囲んでいる周りの環境を感じはじめました。今まで人にあえて自分から話すなどと考えていなかった事を話すうちに、くりかえされる自己非難や自問自答から、どんどん裸にされて外の世界が見えてくるようなそして安心できるような感じでした。インドの子どもたちもきっと対話の教室の中で、興奮を越えた不思議な安心感にも似た感覚があったにちがいないと今私は思っています。 写真のワークショップでは、時間がたつにつれ撮影された写真の中で、共通したものがポツリポツリと出てきました。といっても、橋口さんと星野さんの子どもと会話の中で、その写真についてのコメントを聞いて(ああそう言われるとその通りかな)と始めて気がつく様な、複数の写真の中の数枚に映っている「何か」を、丁寧に言葉をかわすことにより抽出していく様な、そんな印象を受けました。「これはこの世界、そしてこれはこの世界、」「おお、すごい」「とてもいいです」と子どもと言葉を交わしながらも、橋口さん星野さんは共に喜び興奮し、時には拍手、握手をしながら一人ひとりとの時間が重ねられていきました。帰国し時間がたつにつれ、橋口さんが「僕はそっと背中を押してあげているだけ」とつぶやいた言葉は、子どもが自分の中にあった気がつかなかった自分に気がつく瞬間の言葉だったのだなあと思います。子どもたちの写真がすこしずつ変わっていくのを見て、写真の持つ力、写真とはなんと自由でそして難しい表現なのかということを強く感じましたが、その手前での、大人と子どもが「表現」を通じて喜び合い手に手をとっている目の前で行われた現実を、私自身がなぜもう少し自分の喜びとしてもいっしょに感じられなかったのかが残念です。現地でのシーンを頭の中で思いおこしてみることしかできない自分ですが、ワークショップでの子どもたちの力強い眼差しは今でもとても強く心に残っています。インドでの事を忘れないようにしようと思いながら今私はまわりのサポートをうけつつ、自分の内への方向から外へ方向転換できるように今すこしずつ始めています。 絵のワークショップでは、シャッターでそこにある気持ちを含めてすべてを映し出す写真と違い、1枚の作品を作るために1本の線から始める表現方法ですが、写真の時と同様に描かれたものの中からの発見がなされたと思います。文化の中での神話や言い伝えによるイマジネーションが画像として強く刻まれているためパターン化している状況から一歩踏み出して、実際に目の前に見える形や色をいっしょになって感じ合うことで、徐々に描こうとするものが自分自身のものになっていく、そんな印象を受けました。高学年の子の絵に対しては「この部分は教科書の絵がそのまま使われているみたいだけれど、この部分はこの子の生活の一部が描かれているね」といったような、全体的な完成度ではなく、その子どもの持っている世界がちらりと見える部分を見逃さず発見していくという、写真と同じような過程があったと記憶しています。 生活を含めて新しいその子自身を共に発見する喜びをお互い感じ合うこと、そして他人とコミニュケーションすることで次の何かを実現しようという意欲が生まれ「尊厳」へつながっていく、うまく言い表せませんが、写真、絵ということを問うことなくそのための「対話」が橋口さん星野さんとこどもたちの間でされていたのだと今思っています。私自身は子どもの前ではニコニコしていることしかできず、または教室に同行することすらできず、ワークショップの目指している「表現を通じての喜びの共有」、そして「表現」を通じて人と人のコミュニケーションで生まれる「尊厳」の扉への道づくりが、目の前で行われていることにリアルタイムで理解することができませんでした。 学生時代から社会人と通じて成績での評価や第三者の期待に過度に応えることで自分を保ってきた私は、インドとそこに暮らす人たちとの「表現」の活動に触れそしてそれからの時間の中でインドで感じたことを考えることで、「尊厳」「自尊心」を自覚し維持していくことがいかに大切かということに気づかされた思いがします。と同時に、モノが溢れかえり、お金至上主義が中心であり他者と交流をしなくとも情報が絶え間なく発着信できる環境では、個人は「尊厳」を強化せずとも、簡単にモノや情報に逃げ込めて刺激に身をさらすことができること。また「自由」「多様な価値観」という言葉の裏にある落とし穴のことを少しずつですが感じています。 私は今だに社会復帰できずにいますが、今、大量の情報と複雑な社会環境で様々なことが見えなく何が起こっているか問われているこの日本の社会の中で、ゆっくりでいいから自分の出来る範囲で、目の前にあるほんの些細な事でも、自分の中で感じることを大事にして「日常」を一生懸命生きていきたいと思っています。自分が書いた文章を読んでみて、また自分しか見えていないことを本当に申し訳なくはずかしく思いますが、インドで私が焼きつけられたことの感想を述べさせていただきました。 橋口さん星野さんのアーティストとしてのアートワークであり、そして賛同されている大勢の方の心の結集であるワークショップが、国や文化、人種といったすべてのボーダーを超えていく普遍的なものであると思っています。 最後になりますが、多大なご迷惑をお掛けしたことを再度深くお詫びするとともに、命を救って下さったすべての方に、そして感想の場を与えて下さったことに深く感謝いたします。 松村久良 2005.02.27 人と向き合うという事/岡室健 インドから帰ってきて早いもので、もう七ヵ月経ちます。 インドで過ごした一ヶ月という時間は僕の26年間の今まで人生の中で初めて経験する激動の一か月でした。こんなにいろいろなことを考え、動き、感じたことは今までになかった様に思います。ワークショップとしての活動は7月の1日からの1か月間でしたが、僕達は今回新たに絵を描くワークショップを行うことになっていのでどの様に皆によりよい状況で向き合うことが出来るのかを考える事が必要がありました。その為、約半年間の準備期間から参加させていただきましたが、僕はこの時間がとても重要だったと思います。 人と向き合うという事がどういう事なのか、人と接するということはどういう事なのか、今まででこんなに人と対話するという事を考えた時間はありませんでした。このワークショップを成功させる為にAPOCC会員の方々、国からの援助、又canonさん、ぺんてるさん等様々な人の助けがあって成り立つということも深く実感しました。インドへ行ってしまってからはもうその場の状況に応じて自分達で考え動いて行くしかありません。道具が足りなかったり、停電でパソコン、プリンターが使えなかったり、雨が降ったり、様々なトラブルがありましたがそれらを何とか乗り切れたのもこの半年間があったからだと僕は思います。 僕がインドで何をしてきたのか、今でもよく考えます。僕が今一つだけ言えるのは、僕達はそこにいた人々と真剣に会話をしようとしたという事です。彼等の思いと僕らの思いをあらゆる方法でお互いに精一杯伝えようとしました。『真剣に伝えようとすれば伝わる』、この事を沢山の生徒達から教わりました。僕がその事を特に強く感じた出来事が何度かありました。生徒が前日に撮った一枚一枚の写真を橋口先生が観て助言をしていく時間があるのですが、橋口先生は写真を観て感じた事を生徒にぶつけます。もちろん通訳の人が横で伝えるのですが、彼等に対して日本語で叱り、時に誉め、そして共に考え、共に喜びます。はにかみながら笑顔を見せる生徒もいれば、気まずそうな顔をする生徒もいます。又、選ばれた写真に不満をぶつける生徒もいました。しかしどの生徒も橋口先生の言葉を真剣に受け止め、それに答えようとします。時に怠けてしまった生徒もいましたが、その日に撮った写真は沢山の写真が僕らに新しい顔を見せてくれました。本当に不思議な事に皆の写真が良くなって帰ってきます。僕はその時ただただ驚くばかりで、なんて適格なアドバイスをするんだろうと感心していたのですが、思い出して考えてみると違うんですね。橋口先生は彼等に自分が感じた事を真剣に伝えようとしていた事が彼等に伝わって彼等が真剣に応えたのです。多分どんな言葉でも彼等に真剣に接すれば、彼らにその気持ちは伝わったのでしょう。僕らスタッフに対する態度でもそうですが、橋口先生、星野さんは僕に人と接する事とはどういう事かを考えさせ、簡単ではないという事を教えてくださいました。他人と一ヵ月の間インドのような日本とはまったく違う異文化を持つ世界で生活と仕事を共にするというのは初めての体験でした。ホームページでも紹介されていたように僕らの作業はホテルに帰ってからも続きました。 写真をプリントする作業、絵の写真を撮る作業、機材の確認やデータの保存等、停電の続く中、毎日毎日パソコンとプリンターふる活動です。そして昼間の40度前後の暑い外とホテルの冷房のきいた部屋での作業や、異文化の食事に対する体の反応が、徐々に出てきます。毎日誰かが体を壊している状態でした。それでもどうにかお互いに助け合い一つの事を成し遂げる事が出来たのは、それぞれが、ワークショップに参加した彼等に何かをしてあげたい、喜ぶ顔がみたいと真剣に思い行動したからだと思います。 最後のデリーでの展覧会は、いろいろな意味で今回のワークショップを客観視する事が出来たとても意味のある展覧会になりました。僕達はこの日が来るまで、夜遅くまで作業し、目の前にある仕事をとにかく進め、布団に入ればすぐに寝てしまう、そんな毎日を過ごしていたので、自分がしている事やして来た事をきちんと毎日振り返る事ができませんでしたが、展覧会場に並んだ皆の力強く美しい写真と絵とそれを表現した生徒達の名前は一ヵ月間という時間をしっかりと僕によみがえらせてくれました。僕は展覧会場で涙が出そうになるのを押さえ、僕らが何をして来たのか考えていました。そして涙が出るというその事で意味を知りました。涙は真剣に向き合えた証だと僕は思いました。そして今回のワークショップを見に来てくれた皆にも僕らがしようとして来た事をきちんと伝える事が出来たのではないかと思います。 表現するという事は、表現の仕方や方法を指すのでなく、そこから何が見え何を言いたかったのかが重要です。でも今回僕が知った表現の新しい意味は表現出来る事の喜びでした。僕が恵まれているのだという実感したのはインドより食べ物があり、産業が進んでいるという事ではなく、表現できる事を当たり前の様に学んできたという事です。ワークショップの最後の日に涙を流している生徒もいました。彼らが知った表現するということは、彼等の人生のあり方に何かしら影響を与える事が出来たのではないでしょうか。僕はきっと又インドへ行きます。その時彼等がどのように毎日を過ごしているのか、僕がどのように生活を送っているのか話をする事が僕はとても楽しみです。 岡室健 2005.02.28 無題/滝尾起子 今回インドワークショップに参加させていただいた、東京芸術大学美術学部大学院一年の滝尾起子です。ワークショップに参加させていただいたきっかけは、APOCCのロゴマークを募集している時に橋口先生と知り合いそこから、学部の卒業制作を見ていただいたことで、ワークショップへ行かないかと、声をかけていただきまた。 ワークショップの活動内容を聞き、対話の教室を読んでこの活動にとても共感しました。自分がこの現場に行けることが嬉しく、早く子供達に会いたい、と思うのですが、その反面自分が橋口先生から求められていることをうまく表現、行動出来るのかがとても不安でした。写真のワークショップは本を読んでいたのでイメージできたのですが、絵画のワークショップもインドも初体験の私には全くメージが掴めす不安でした。 ワークショップの準備はどんどんすすんでいき、インドへ行く日にちは近ずいていきましたが、いくらイメージしても結局答えはでませんでした。インドに行けばいろんなことがあり、その時、その場で皆話会って考えていけばいい、色々考える事がワークショップだと、アドバイスをもらいましたが不安はつもります。しかしインドへ着き、ワークショップが始まるとその意味はすぐにわかる事になります。バラナシの二シャードラ−ジ寺院での写真ワークショップが始まりました。写真ワークショップを行なう生徒は21人でしたが、寺院の周りに住んでいる子供や大人も大勢集まっていてとても賑やかでした。ワークショップを行なっている時や考えている時の橋口先生と星野さんはいつもの表情とは全く別人で、本物のアーティストのあるべき姿を見たという感じがしました。自分にも周りにも良い意味で厳しく、今行なっている全ての出来事に対していつもアンテナを様々な所へ飛ばしいるようでした。昼食をとっている時など、私は疲れて無心になってしまうことが多かったのですが、橋口先生と星野さんは体を休める代わりにしっかりと今までの事、次の事を考えます。インドへ来る前の準備段階でもこのような事が沢山ありましたが、いろいろな事を想像しいろんな意味でこれからとこれまでをつなぎながら物事を考え行動する事の本当の意味を学んだ気がしました。 ワークショップは生徒の写真の感情の豊かさにびっくりしている間に時間がすぎていきました。生徒たちは毎日様々な個性を皆が見せてくれました。インドで生まれて育ってきた皆の暖かくて、賑やかで、色鮮やかな生活環境がどの生徒の作品からも表現されていて、私の胸を打ちました。展示会場はアッシーガートという所にあるガンジス川沿いのお店の壁を借りて行なわれました。沢山の人が展示に興味を持って見てくれました。自分の写真が展示され、誇らしげにしている皆の顔を見ると本当にこのワークショップを行ってよかったと思いました。生徒たちが展示中にも私たちに心どんどん開いてくれている様に感じました。展示中にも日々心の中にいろいろな変化が胸の中で起こっていたのではないでしょうか。アッシーガードでの写真ワークショップの展示が終わり、いよいよ本格的にスンダルバギヤ小中学校とラムドンスクールでの絵画ワークショップが始まりました。シャードラージ寺院でも子供達と絵画ワークショップを行なったので、その時のことを参考にしながら進めて行きました。絵画ワークショップは絵を教えることや描き方を教えることではなく、絵という媒介を通して自分自身の感情や興味を確認したり、友達と自分 の違いを確認したり、また「表現」する喜びを共有することが目的という事を念頭におき、絵を描く時の基本的な手助けをしていきました。日本で絵を教えるという事について考えている段階でも、どういった事をどこまで教える事が正しいのか、それがよくわかりません。絵画ワークショップは初めて行なうものだったこともあり、橋口先生、星野さんを含めたスタッフみんなが頭を悩ませたと思います。結局、色々悩みましたが、子供達の描いた絵がとても素晴らしかった事には間違いありませんでした。 7月29日からデリーのハビタットセンターで2004年インドワークショップ全体の展示会を開きました。 写真は21人全員の展示をして絵画は橋口先生が選んだ作品を展示しました。今まで展示してきた場所もとても良かったのですが、ハビアートギャラリーでの展示は一か月間のワークショップとしてとても意味のあるものになりました。国際交流基金の人や前回のワークショップに参加した子供達、展示に興味を持って来てくれた人達、テレビの取材クルーなど、大勢足を運んでくださいました。その活気に私は1ヵ月間のいろいろな出来事を思い出し、涙がでました。今までやってきたことを発表するという事はけじめにもなりましたし、又やって来た事の意味を実感するよい時間となりました。 帰国後、写真ワークショップ、絵画ワークショップの写真、絵をプリントアウトして製本をするという役割を担当しました。一冊100ページ以上あり、両方合わせて13冊作ったので2ヵ月近くかかってしまいました。日本に帰ってきてからも眠れない日々がつづきましたが、ワークショップの期間よりも長い時間インドの子供達の作品にふれて、インドにいた一ヵ月間を自分なりに振り返る事ができました。インドではワークショップの作業の他にも、団体行動や生活が思っていたよりも簡単ではなかったのですが、今この本を開くと全てがワークショップだ、とインドに行く前から橋口先生がおっしゃっていたことがよくわかります。やり遂げたからこそ勉強になった事が多かったです。 今回のワークショップは私のこれからの活動、生活の上でとても大きな意味を持つと思います。橋口先生や星野さんに出会わなければできなかった数々の体験、勉強を大学院1年で体験させていただいた事をとても感謝しています。ありがとうございました。また、このワークショップをスムーズに活動出来るよう協力してくださった、APOCC会員の皆さん、日本の皆さん、ソナムさん、杉本さん、ショビさん、ミントゥーさん、このワークショップに関わった全てに感謝したいと思います。 本当にありがとうございました。 滝尾起子 2005.02.2 アポックに参加したこと/福原麻希 私がはじめて橋口譲二さん、アポック、の活動を知ったのは、大学二年生のとき、たまたま友人に誘われて東京現代美術館に行ったことがきっかけでした。私は美術大学のデザイン科に通っていることもあり、ちょくちょく美術館に足を運ぶほうだったと思います。 そこに展示されていたのは、とりわけ選ばれたわけでもなく、プロでもない、橋口譲二という写真家のワークショップに参加した東京の若者達が撮った写真でした。ひとりひとりの作品がとても魅力的で、長い時間をかけて見たのをおぼえています。そのなかには、インドで行われたワークショップに参加したインドの若者達が撮った写真も展示されていました。私の中に熱く込上げてくるのがあるのを感じました。 たぶんみんなの率直な感情がダイレクトに届いてきたのだろうと思います。 それから2年の月日がたち、大学四年生のときに私が所属しているデザイン科の先生から、写真家の橋口譲二さんが立ち上げたアポックのロゴマーク制作に参加する人を募集する、ということを耳にしました。そのとき、おぼろげに私の中で記憶されていたあの写真展とつながっていき、ああ、これはあの時のワークショップ活動の事だ。わたしはあの写真展に感動した。これもなにかの縁だ!と、ロゴマーク制作に参加することにしたのです。 まず、アポックのことをちゃんと知ろうと、アポックのホームページにアクセスしました。アポックの活動はとても興味があるもので、そして、そこにはインドで参加した若い人たちひとりひとりが紹介されていて、みなの、投げかけたの質問への答えの一言一言にいちいち感動していました。みんな生きていて、感じる心を持っている。そんなことを感じさせられました。すぐにペンを取り、その気持ちの中で、えい、やあ!とロゴマークを制作しました。その時できたのが、いま使っていただいている、あのロゴマークです。前にもどこかで書きましたが、それぞれ、ひとりひとりの考えや思いが、おだやかに、青い空、宇宙までもどこまでも無限に広がっていける、そういうような思いを言葉にしないまま浮かべながら、なんとなく筆をはしらせていくつか描いていました。そして、私の思うアポックのイメージとぴったりとくるものが描けました。イメージがはっきりと言葉になってきたのは絵ができてから初めてのことでした。 こうして学校内で、何人か持ち寄ったなか、最終選考まで選んでいただきました。そして、恥ずかしながらもわたしの制作したロゴマークが選ばれたのでした。正直にいうと、他のみんなが作ったロゴマークのなかには、私も気に入るような、素晴らしいものがありました。実際、私よりも優れていると思い、なぜ私のが選ばれたのだろうかと、悩んだこともありました。でも、今となっては、橋口さんが言った、私の制 作したロゴを選んだ理由がわかるようになってきました。 私のロゴマークを採用してもらったことをきっかけに、今度アポックのワークショップを行うインドでアポックバックを作りたい、と声をかけてもらったのが、今回、インドでのワークショップに参加するはじまりでした。わざわざインドに行ってからかばんを作るのは、現地の人達の仕事を増やしたいからということでした。なるほど、と思いました。 そして、今回初めて絵のワークショップも行うということでスタッフとして、参加しないか、ということでした。もちろん、アポックの活動に賛同したことからロゴマーク制作にも参加していたので、わたしは自分の力量も考えずに、すぐに、参加したいということを橋口さんに伝えました。 それから、ワークショップに参加する東京組での話し合いや準備に私も加わり、インドに持っていくアポックバックのデザインを完成させるのが主な私の仕事でした。ばたばたと、あっというまにインドに出発する日がやってきました。いったい私は何の役にたてるのか、なにをすべきなのか、、ただ、がんばってやるしかない、その気持だけで乗り越えてきたように思います。ビデオカメラでワークショップを記録していくのが私の主な役割でした。荷物を運んだり管理したりということでも、なにか少しでもミスがあるといろいろなことに支障をきたすため、緊張しながら行動しなければなりません。今どきデジタルカメラも使ったこともなかった私は、あわてることもしばしばでした。緊張と連日続くハードなスケジュールで、未熟者の私は一日一日をこなしていくだけで必死で、おおげさにいえば生きているだけで精一杯、という感じでした。スンダルバギアでの絵のワークショップ中には体を壊してしまい、スタッフのみなさんに迷惑をかけてしまうこともありました。スタッフのみなさんは、私も含め、仲間の誰かがダウンしたときは文句もいわず カバーしてくれました。申し訳なかったという気持ちと同時に、とても感謝しています。 写真のワークショップでは、参加したみんなの作品は、びっくりするほどいろいろな表情があり、深夜まで続くプリント作業も、それが楽しみなのと、写真を手に取ったみんなの笑顔思えば、がんばることができました。 絵のワークショップでは百名単位の多くの生徒が参加していたので、写真の時のように一人一人により深く関わることが難しかったように思えました。それでも、私があたふたしてるうちに、生徒たちはみな、自分の、それぞれ自身の絵を、描きあげていました。せっかく絵を専門としている者として選んでいただいたのに、期待外れの仕事しか私は出来ず、実際足を引っぱる事だらけでした。それでも、橋口さん、星野さんたちは、私達にも真正面から向かい合って対応してくれました。絵を志している者として私はこの現場でなにをすることが正しいことなのか、いまでもはっきりと言えないでいるのは、現在、私自身が自信を持っていえるなにかをまだ持っていないからだろうと思います。もっともっと成長しなければ、と、思い知らさせます。 日本語以外の語学がほとんどできない私は、インドの人達、ワークショップに参加した彼、彼女達と、会話はおろか、つたない単語のやり取りや身ぶり手ぶりでしかやりとりできませんでしたが、逆に言葉が通じないからこそ人間同士のやりというか、シンプルなところでの心の繋がりが持てたような気がします。そして彼らのそれぞれの作品からは、ややこしいものを超えた、ありのまま出てくるものをわたしも感じ取ることができました。 今回のワークショップでは私はすべてのことから教えてもらう事だらけでした。それがいったいなんなのか、わたしがやってきたことはいったいなんだったのだろう、たぶん、まだ気付けないでいることのほうがたくさんあるだろうと思います。 それでも、インドの少年少女たちがなにか表現するということに触れる現場に立ち会うことができたこと、ワークショップという、みんなでつくりあげることに参加できたこと、何にもかえがたい素晴らしい体験で、みんなからたくさんのなにかをもらいました。そして少しでも手伝うことができていたのなら幸いです。 このワークショップに参加するきっかけをくれた橋口さん、星野さん、国際基金の方々、支援をしてくれた方々、インドでお世話をしてくれたみなさん、アポックの会員のみなさん、アポックを気にかけてくれているみなさんにこころより感謝しています。 個性豊かなスタッフのみなさん。一緒に参加できてとてもよかったです。どうもありがとう。 そして、ワークショップをきっかけにたくさんの人に出会えたこと、とてもうれしく思っています。ほんとうにどうもありがとうございます。 福原麻希 2005.03.01 |
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無題/宮坂美緒 2004年インドワークショップに参加しました、京都精華大学の宮坂美緒です。私はそのひとつ前の、2003年に行われたドイツでのワークショップにもスタッフとして参加していました。 ドイツでの体験はとにかく「良い経験をさせてもらった」の一言でした。右も左も判らない様な学生をよく使ってくれたと己の未熟さを振り返り、機会を与えてくださった事に時間が立てば立つだけ感謝の気持ちが募るばかりでした。そこで生まれた気持ちは誤解を恐れずに言えば橋口さん、星野さん、そして「APOCC」に対する恩義でした。そんな折にインドでのワークショップに再び参加しないかというお話を頂き、「ああ、今こそが返す時なんだ」と決心しました。 またお話を頂いた時私は丁度2回生に進級したばかりで、1回生の時に感じドイツに行く原動力ともなった「とにかく何かをしてみたい」という欲求が「自分には何ができるのか」を問う焦燥へと変化していました。ドイツではとにかく星野さんの指示の元に動いていました。しかしそれは星野さん一人にかかる負担がとても大きいということです。次のインドでは2回目ということで星野さんの指示の前に動ければ、負担を少しでも減らす事が出来るのではないかと考えました。この考えは私にとても大きい喜びを与えました。訳も判らず動いていたドイツの時とは違い、今度は明確に「自分に出来ること」があり、それを活かせるのです。 驕った考えなのは承知ですが、今回のワークショップに参加したのは「恩返し」が目的であり目標でした。しかし実際にインドに赴いてからはその気持ちが足を引っ張ることになりました。2回目という驕りから慎重さに欠け小さなミスを何度も生み、そして「出来ること」に固執するが故に全体の流れを止めてしまっていました。2回目参加ということで渡航費まで出して頂いているのに何も出来ないどころか足を引っ張って、自分は一体何の為にここに居るのかと何度も考え込みました。その度に落ち込んでは益々力を入れすぎてしまい、空回りを繰り返すという悪循環に陥り自棄になっていました。 ワークショップ中の出来事に関して、半年以上たった今でもまだ冷静な気持ちで見つめ返す事が出来ずにいます。この文章を書いている今も恥ずかしい話ですが、己の無力さに感じた悔しさが蘇り涙が出てきます。ただ、その悔しさにも変化がありました。 出来ることに固執し、それが出来ないことで自棄になって責任を投げ出す様な形になってしまったことがありました。そのことを橋口さんと星野さんに個人的に指摘されたのですが、その時に自分はお2人の、そして一緒にスタッフをしている皆の信頼を裏切る事になってしまったのだと気付きました。スタッフというのは一つのチームです。「誰が」ではなくそれぞれが補い合ってワークショップを作り上げていくことを、己に固執することで見えなくなっていました。それまでは「出来ないこと」に苛立ちと悔しさを感じていましたが、信頼を返せなかったことに恥ずかしさと悔しさを覚えました。 しかしその後もまだ考えを整理することも感情をコントロールすることも上手く出来ず、同じ原因からミスを招いていました。そして長くもあっという間に一ヶ月が過ぎ、インドから日本に戻ってきました。荷物と一緒に部屋に持って帰ったものは、結局1ヶ月の間何一つ満足に出来なかったという空虚感でした。 出発以前の日常へと生活は戻っていきましたが、自分は何のためにあの場に行ったのか、ワークショップ中も考え続けた問いは帰国後もずっと私を縛っていました。 そんな風に時間が過ぎる中、APOCCからメールが届きました。それは会員の皆さんから寄せられた声をいくつか私たちにも転送して下さったものでした。そこにはインドから会員の皆さんに送った葉書が届いた報告と、そして感謝の言葉が書かれていました。ラダックの宿で蝋燭の灯りの下みんなで分担して葉書を書いた想い出が蘇ると同時に、あの時書いた葉書がちゃんと届いている事実にとても大きな喜びが起こりました。何も出来なかったと想っていましたが、でも少なくともあの時書いた葉書はこうしてちゃんと届いている。単純すぎる話かもしれませんが、でもそのシンプルな事実に私は励まされました。 プリントアウトを始め、色んな作業は量の多さからつい「作業」としてこなしてしまいがちです。でもその作業の先には「人」がいるのです。自分は作業を通じて人と繋がる事が出来、また誰かと誰かが繋がる手伝いが出来るのだと改めて実感しました。それはドイツに参加した時に得た可能性の形であり、その後もAPOCCをお手伝いしようと思った一番核の気持ちでした。会員の皆さんの声に触れ、自分が抱いていた焦りや驕りの気持ちが洗い流された様に感じます。そして色んな感情に覆われて見えなくなっていた、1番最初の気持ちを思い出すことが出来ました。 ここで併せてご報告する事になってしまいますが、現在私はAPOCCのHPの運営のお手伝いをさせて頂いております。HPというのは一つの「場」です。APOCCと会員の皆さんのみならず、多くの方々が出会うその場を作るお手伝いが出来ることに深いやり甲斐と同時に責任も感じます。また気持ちばかりが先行して空回ってしまいそうな時は、あの時頂いたメールを読み返して気持ちを引き締めています。一番最初の気持ちを忘れずに、今後ともお手伝いさせて頂きたいと思っています。 今回インドに参加したことはまだ感情としては悔しい気持ちが強く残っていますが、それでも行かなければ気づけなかった事や、行ったからこそ出会えた方々の存在が心に輝きを与えてくれます。最後になりますが過去、現在そして未来に渡って機会を与えてくださった橋口さん、星野さん、のみならず本当に本当に多くの方々と、そして心配をしつつも最後には私のやりたいことを応援してくれる両親に、心より感謝しています。ありがとうございました。 2005年4月15日 宮坂美緒 2005年インドワークショップ スタッフ報告/伊藤あゆみ こんにちは。私は、2004年インドワークショップにスタッフとして参加した、伊藤あゆみと申します。2003年ドイツワークショップに次いで2回目の参加になります。 最初のワークショップ参加のきっかけは、通っている大学でドイツワークショップのスタッフが募集されていて、それに応募したことがきっかけでした。そのときの応募の動機は、「関係するとは、どういうことかわからないから」というものでした。私は自分の中に、閉鎖している部分があると感じていました。見ないようにする、そして、表に出さない部分です。橋口さんが度々APOCCのHPでおっしゃるような、“消化だけでは終わらない体験”とはどういうことなのか。ドイツには、それを見に行きたくて参加しました。 それは、どこか他の場所に探しに行くようなことではないのだと今ではわかります。 インドに飛行機でついたとたん、ものすごく暑い、体積の重そうな空気に、心拍数が上がりました。そして、道行く人からは香辛料の香りと、こちらを凝視するような白い目の視線を感じました。そして、人の多さ、自転車と車と牛と人とオートリキシャとが一体となって、血液のように流れる道に、自然とこちらも相手を凝視して、「私はワークショップのためにインドにきたのだ」と言いたくなるような、インドはそんな国でした。 私のワークショップでの作業は、ワークショップ現場に出たり、夜印刷をしたりしました。芸大の方々には写真の印刷補正などの仕事が集中してしまい、疲労している姿を見て、自分がもっと立ち回れる技術、感性があったらと、とてもくやしく思った日もありました。 ワークショップの日々は、何があっても、作業が滞らないように、子供達にちゃんとワークショップという場を伝えられるように、現状把握に神経をとがらせましたが、経験あるスタッフとしてできることがあったのに至らなかった点が多々ありました。しかも今回は全て自費での参加ではありません。それなのに自覚のない仕事をしてしまったという悔いがあります。 それも、自分をその場から無意識に引っ込ませて、心ここにあらずである態度から生まれることだということに気づきました。 私は、ワークショップ中に何度も、橋口さん、星野さんの、真剣な目がこちらに向いているのを感じました。スタッフ一同の、真剣な目がこちらに向いているのを感じました。インドの子供達は体全身で、その存在が伝わってきます。私に直接何か話しかけたり、しなくてもです。 私は、人に自分から真剣な目で語りかけるようなことが、はたしてできるのか。インドワークショップを終えてから、その自問が繰り返されました。 自分自身という存在をのっけたような、真剣な言葉、意思、思い、態度。それを表に現すのは、私にとっては怖いことでした。 ですが、インドでは少しだけでも私は表せたと思いました。自分の、できることの限界をです。 ですが、インドでは、できた、というのは、なんでしょうか。 ワークショップから帰ってからの自分に気づき、愕然としました。今まで、どんな言葉で、どんな言い訳の弁で、どんな態度で、自分の本当に感じている事を避けてきたのか。考えました。 と同時に、インドで真剣な目を見て、怖いと感じる事ができたことにとても感謝しました。 今、私は深い感謝の気持ちでいっぱいです。皆さんの顔を思い出します。橋口さん、星野さん、スタッフの皆さん、インドの子供達、杉本さん、ミントゥーさん、ショビさん、ソナムさん、国際交流基金のみなさん、そして会員のみなさん。 “表現する喜びを共有する”、という意味をやっと感じた今、まったく違う世界を感じられます。皆さんがいて私がいるという世界を感じられるのは、やはり皆さんがそれぞれ自分を表現してくださっているからでした。ありがとうございます。 関係を結ぶこと、それは、私の感じ伝える事と、皆さんが感じ伝えることの行き来であること。これからも、私は日々自覚的に私であることに努力し、さらに皆さんの存在を感じる事に努力したいと思います。 ありがとうございました。 伊藤あゆみ 2005/05/01 |